失くしたあなたの物語、ここにあります



「ごめんね。こんな話して」

 謝った沙代子に、

「いつでも力になるから」

 と、天草さんは気づかってくれた。

 彼は沙代子を裏切らないだろう。そう思えたけれど、沙代子は彼の好意を受け入れられないとも同時に思っていた。

 母のせいで家族を失った。友だちもなくして、楽しかった思い出も色褪せて……。それでも、一生懸命生きてきたつもりだったけれど、恋人に裏切られ、父を亡くしたときから沙代子には何もなくなった。

 失ったときの無力感を知っているからこそ、もう傷つきたくない、そんなひとりよがりな思いが沙代子を踏みとどまらせているのかもしれなかった。

 天草さんが知らなくていいことを話してしまった。その罪悪感と後悔で、今は情けない顔をしているだろう。

 悠馬は敏感だから、落ち込んだ顔を見せるわけにはいかず、すぐに彼の待つ自宅へ帰る気になれなくて、気づくと沙代子はまほろば書房へと足を向けていた。

 二十日通り商店街は、以前来たときよりも活気があった。

 クレープ屋さんの前では、大学生らしき若い子たちがクレープやソフトクリームを持って立ち話をしている。かわいらしい店構えの雑貨屋さんにも、中高生が集まっている。夏休みという休日にもなれば、にぎやかな人の流れが生まれるようだ。

『姉さん、どこ?』

 まほろば書房に到着すると、悠馬からメールが入った。居場所を告げると、『わかった』とだけ返事があった。

 沙代子はいまだ、シャッターの前に置かれている『まほろば書房』の木製看板に歩み寄った。工事が始まる前に看板は自宅へ持ち帰るつもりだ。

 沙代子は指を伸ばし、看板に触れた。そのときだった。後ろから女の人の声がした。

「葵さんですか?」
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