失くしたあなたの物語、ここにあります
「え……、あっ、まほろば書房にいた理由? 下見っていうか、改装する前に見ておこうと思って」

 適当な言い訳を思いついて言うが、悠馬が疑う様子はなかった。

「工事、いつから?」
「秋ぐらいになるかな。来年3月のオープン目指してる」
「それ、志貴さんは知ってる?」

 志貴さん? いつから天草さんをそう呼ぶようになったのだろう。知らないうちに親しくしてるみたいだ。

「もちろんよ。アルバイトやめないといけないし、お世話になってるから。どうしてそんなこと聞くの?」
「姉さんに気のある人に見えたから」

 さらりと悠馬は言う。

 沙代子が天草さんと一緒にいるところを彼が見たのは、はじめて出会ったときだけだった。天草さんから何か聞かされてそう思ったのか、沙代子が彼について話すときにそう思うような言動があったのか……。

「誤解よ」

 沙代子はすぐに否定した。

 悠馬が気づくぐらいなのだから、ご近所さんがうわさするのもふしぎじゃないが、色眼鏡で見られるのは本意ではなかった。

「志貴さんって、銀さんに似てるよ」

 だからなんだって言うのだろう。そう思ったけれど、沙代子は別のことが気になった。

「悠馬って、お父さんに会ったことある?」
「あるよ」
「本当? いつ?」

 沙代子ははたちになるまで毎年、鶴川へ来て父に会っていたが、悠馬と一緒に来た記憶はない。

 母は鶴川に立ち寄るのを拒んでいて、父に会いに行くときは、いつも沙代子ひとりだった。自宅最寄り駅の電車に乗り込む沙代子を、悠馬は母に抱かれて見送ってくれたものだった。

「中2の夏休み」

 ということは、2年前。思ったより最近の話だ。

「そうだったの。全然知らなかった」
「ひとりで行ったんだ。母さんにも言ってない」
「よく場所がわかったね。……あっ、そっか」
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