失くしたあなたの物語、ここにあります
「銀さん、毎年誕生日になると本を贈ってきたから、まほろば書房の住所は知ってた」

 当時、中学生だったとはいえ、しっかり者の悠馬なら、住所から古本屋の場所を見つけるのは容易だっただろう。

「本かぁ。懐かしいね」

 沙代子は父に会うたびに、服やバッグ、アクセサリーを買ってもらっていたが、悠馬には年齢に合った本が一冊、郵送されてきていた。

「はたちになるまで贈り続けるって言ってた」
「そう」
「はたちになる前に死ぬなんて思ってなかった」
「うん……」

 あいづちを打つだけの沙代子に、悠馬は淡々と話す。父をどう思っていたのか、沙代子は聞いたこともないし、知らない。

「足、引きずってたよね」
「そうね。倒れてからみたい」

 父は自分の体に無頓着なところがあって、不調に気づいたときには遅かった。脳血栓と診断され、退院してからも足にしびれが残ってしまった。

「だから、まほろば書房閉めた?」
「それは違うみたい。私がパティスリーやりたいって言ったからじゃないかな」

 それは天草さんから聞いた話だが、間違いないとも思っている。

「銀さんは姉さんに鶴川に帰ってきてほしかったんだ」
「帰ってきてもいいって言ってくれてたんだとは思う」
「姉さんは可愛がられてたよね」

 どこか羨ましげに、だけど切なそうに、彼はため息とともに吐き出す。

「それは悠馬だって」
「俺には毎年、本を贈ってきただけ。それで父親の役割を果たしてるなんて思ってたのかな」
「悠馬……」

 悠馬の背中に手をあてると、ほんの少し彼は体を丸めた。

「俺、探してる本があるんだ」

 悠馬は静かにそう、ぽつりとつぶやいた。
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