失くしたあなたの物語、ここにあります



「葵さん、悠馬くん、いらっしゃい」

 本を探したいという悠馬を連れて、沙代子はまろう堂へ戻ってきた。

 ついさっきまで天草さんと一緒にいたから、まろう堂へ来るのは気まずかったけれど、彼は穏やかな笑顔でいつも通り出迎えてくれる。

 ああ、そうか。彼と父が似てると悠馬が言ったのは、そういうところかもしれない。どんなときでも平静を装い、いつでもあたたかく包み込んでくれる優しさを持っている人だ。

 そう考えると、こんなに優しい彼がモテないはずがない。彼の好意はうれしいけれど、やっぱりその思いを受け止めるのは、自分ではいけないような気持ちになってしまう。

 母も同じだっただろうか。別居を選んだのは、父からというより、父が許すたびに植え付けられる罪悪感から逃げ出したかったのかもしれない。

「今日は何にする?」

 カウンター席に悠馬と並んで腰をおろすと、天草さんが水の入ったグラスを差し出す。

「昨日と同じの」

 悠馬が即答する。

「昨日も来たの?」

 いつの間に、と驚く。

「ここのところは、葵さんよりも来てくれてるかもね。葵さんは何にする?」

 きっと毎日のように来てるのだ。そうとわかると、悠馬のお気に入りドリンクが気になってくる。

「悠馬は何を頼んだの?」
「ミントとグレープフルーツのソーダ割りだよ」

 天草さんがそう教えてくれる。

「ソーダ割りも美味しそう。私もそうしようかな」
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