失くしたあなたの物語、ここにあります
「怖い?」
「なんとなくそう思うだけなんだけど」

 本は見つからないならそれでもいい、と憂えた悠馬の顔が思い出されて、沙代子は後悔する。

 もう一歩、踏み込んであげたらよかったかもしれない。何をやらせても完璧な悠馬に悩みがあるならそれは、沙代子にしか解決してあげられないことだと思うからこそ。

「あ、そうだ。葵さん、ちょっと買い物に付き合ってもらいたいんだけど、いい?」

 落ち込む沙代子を元気づけようとしてくれたのか、天草さんは明るくそう言う。

「買い物?」
「秋祭りに使うメニュー表をつくる材料とかさ」
「メニュー、決まったの?」
「それも相談に乗ってもらえるとうれしいな」
「うん、いいよ。秋祭りに出すお菓子ね、ひとつ考えてることがあるの。おばさんもいいんじゃないかって言ってくれて」
「案がある?」

 そう尋ねてくれるから、沙代子はうなずく。

「フィナンシェなんてどうかな? 天草さんのおばあさんが雑誌で紹介するぐらいのおすすめ洋菓子でしょ? 天草農園のもう一つの看板商品って言ってもいいと思う」
「食べ歩きにも向いてそうだね」
「でしょ?」

 提案を彼に認めてもらえると、どこか誇らしい気持ちになる。

「じゃあ、そのあたりも一緒に決めよう。一度、家に帰ってから、駅前商店街の入り口で待ち合わせしようか」

 そうと決まるが早いか、沙代子は天草さんと一旦別れると、自宅へ戻った。

 彼もすぐに帰って来れたのだろう。沙代子が玄関を出たところで先に行ってると連絡が入ったが、結局、待ち合わせの場所に着く前に、道端でばったりと彼に出くわした。

「まだ文具屋さん空いてるかな? 駅前商店街はあんまり行ったことなくて」

 薄明るい空の下、商店街へ向かって肩を並べて歩き出す。
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