失くしたあなたの物語、ここにあります
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 秋祭りの準備が本格的に始まると、大忙しの日々が過ぎ、柔らかな日の光に秋の気配を感じる頃には夏の出来事が遠い昔のように感じられた。

 六坂神社で行われる提灯祭りでは、鶴川城下のメインストリートに夜店が立ち並ぶ。東西にある夜店をつなぐように空に掲げられる提灯のアーチは神聖で雅な光を放ち、見物客を楽しませている。

 天草さんの夜店は、まろう堂のある通りとメインストリートが交差する、ちょうど角にあった。

「レモングラスのフィナンシェとアイスカモミールティーになります。ありがとうございましたー」

 夜店のアルバイトを頼まれた沙代子は、天草さんとおそろいの黒エプロンをつけ、大学生のカップルを見送った。

 お祭りが始まってから、順調にお客さんはやってくる。フィナンシェは思ったよりも好評だ。フレーバーはプレーン以外に、おばあさんが愛したレモングラスと、人気の高いチョコレートがある。いずれも、沙代子とうららふたりで焼き上げたものだ。

「お客さん、たくさん来てくれるね」

 客足が途絶えたところで、沙代子は天草さんに話しかける。

「やっと落ち着いたね。もう少しで山車が出る時間だからかな」
「鶴川の山車って、見たことない。やっぱり、すごいの?」

 夜の7時から始まる練り歩きは、山車や神輿が六坂神社を出発し、祭りばやしの音を響かせながら、鶴川城の敷地内をぐるりと回るらしい。
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