失くしたあなたの物語、ここにあります
 鶴川城につながる橋のたもとで悠馬に追いつき、沙代子は尋ねた。

「姉さんは心配症だね」
「だって、急に来るんだもの」
「本、取りに来ただけ」
「あっ、本!」
「せっかくなら、祭りのある日に来ようと思っただけ」
「そうだったの」

 なーんだ、と胸をなで下ろす。

 心配することに慣れすぎている沙代子を笑うように、悠馬は唇の端をあげて、そのまま橋に踏み入る。

「姉さん、すっかり鶴川に馴染んでるみたいだ」
「そう?」
「俺は、いいと思う」

 それは何に対して? と思ったけれど、橋の途中でフィナンシェにかぶりつく彼を黙って見守る。

「俺は鶴川には住まない」
「そう」
「でもさ、……時々来ていい?」

 悠馬はうつむいて、そう言う。その背中がさみしそうだ。大人びて見えても、まだ彼は高校一年生だ。

「悠馬がいつでも帰れる場所にしておく」

 きっと父がそうしてくれていたように、沙代子もそうしたい。母が自由に生きる人だから余計に。

「学校、大変?」

 せめて、高校生活は楽しいものだといい。そう願って尋ねるが、悠馬は少しばかりムッとする。

「母親みたいなこと言わなくていい」

 反抗期だろうか。そう言えば、あれはいつのことだったか、悠馬が反抗期で口をきいてくれないと母から夜中に電話があって、愚痴に付き合わされた。対処法は放っておくこと、だったか。

「もうすぐ神社で練り歩きが始まるから行ってみる?」
「姉さんが行きたいなら」

 かわいくない返事だが、まんざらでもなさそうに悠馬は歩き出す。
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