失くしたあなたの物語、ここにあります
「神社はこっちよ」

 右手を指差し、沙代子が先に人混みを進む。遠くから、太鼓の音が聞こえてくる。練り歩きが始まったようだ。

 よく見える場所に行こうと前へ進むが、人の波がゆるゆると動きを止める。これ以上は前に進めないみたい。

「悠馬、すごい人だからお城の方に……」

 振り返り、沙代子は「悠馬っ?」と視線をさまよわせる。てっきり後ろからついてきていると思っていたのに、姿が見えない。

 あわてて神社に向かって流れてくる人波をかき分けるようにして進むと、さっきまでいた橋のたもとに出る。辺りを見回すが、やっぱり悠馬は見当たらない。

「どこ行っちゃったの……」

 つぶやいたとき、ポケットの中でスマートフォンが揺れる。見ると、『先に帰ってる』と、悠馬からメールが入っていた。

「もう、勝手なんだから」

 仕方なく、まろう堂の夜店に戻ろうと足を踏み出したとき、割れた人波の中から天草さんが現れた。

「葵さんっ。……あれ? 悠馬くんは?」
「天草さんこそどうしたの?」
「いま、両親が手伝いに来てくれたんだよ。悠馬くんが来てるって話したら、一緒に祭り見てこいって言われてさ」
「悠馬、先に帰っちゃったみたい」
「そっか。さっき、見かけた気がしたんだけど、帰るところだったかな」
「ごめんね。お店に戻ろう」

 来た道を戻ろうとする沙代子を引き止めるように彼は言う。

「せっかくだから、見て帰ろう。ここからでも見れるから」

 天草さんは橋のたもとにある石柱の側に移動する。
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