失くしたあなたの物語、ここにあります
 石柱には、『玉音橋』と書かれている。その文字には見覚えがあった。『たまね?』と読んだ沙代子に、父が『たまお』だよと教えてくれたから。

「あ、そっか」

 沙代子はつぶやいて、夜空へと視線を向けた。

「何かあった?」

 見上げる方をのぞくように顔を寄せてくる天草さんと一緒に、沙代子は次第にこちらへ移動してくる山車へと目を移す。

 厳かな光を灯す提灯が無数に並ぶ山車は、笛や太鼓の音色に包まれながら、活気あふれる神輿とともにゆっくりと前進してくる。

「私ね、ここからあの山車を眺めてたの。お父さんに肩車してもらって」

 沙代子はてっきり、自分の中にある提灯祭りの記憶は、メインストリートに掲げられた提灯を眺め見上げたときのものだと思い込んでいたが、違うと気づいた。

 あれは、父に肩車され、父に寄り添う母と見上げた山車の提灯だったのだ。

「懐かしいなぁ」

 目の前に現れる山車は壮大で、周囲からあがる歓声を聞きながら、沙代子は懐かしい過去を思い出す。

 同時に、こうした父との記憶は悠馬にはないのだと思う。彼にももちろん、父親代わりのように接してくれた牛込のおじさんとの思い出がたくさんあるだろう。それは沙代子にはないものだ。

 だけれど、沙代子にはある色とりどりの銀一との思い出が、悠馬にないのは明白だ。

「数年後……、いや、十数年後にまた、俺たちはこの光景を懐かしんでるかな」

 ぽつりとつぶやいた天草さんの声はすぐに太鼓の音にかき消された。それでも沙代子の耳にはしっかりと、優しい言葉として残るのだった。
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