失くしたあなたの物語、ここにあります



「荷物はこれで全部だよ。葵さん、今日はありがとう。助かったよ」

 夜店の片付けを済ませると、天草さんは掃除道具の入った段ボール箱を両腕に抱えた。沙代子もゴミ袋を持ち上げて、彼とともにまろう堂へ向かう。

「ハーブティー、よく売れたね」
「葵さんがいてくれたからだよ。フィナンシェもあっという間だったしさ」
「うん。食べたら美味しかったからって、また買いに来てくれたお客さんもいたね。やっぱり、天草さんのおばあさんのレシピは飽きがこなくて食べやすい味だと思う」

 そう言ってから、思い出す。納品したときに、彼から一つ食べたいって言われていたことを。

「天草さん、フィナンシェ食べた?」
「食べてない」

 彼は苦笑いする。

「うそー。明日は天草さんの分も焼くね」
「ありがとう。葵さんが作るものは、なんでも食べたいんだけどね」

 そうもはっきり言われると、どきりとしてしまう。最近の彼は好意を隠そうとしない。見た目は優しそうでふんわりしてるのに、意外と情熱家な一面を持っている。

「私も天草さんの淹れてくれるハーブティーなら、なんでも飲みたいよ」

 真剣に受け止めてない風を装って、さらりと言い返し、笑顔で彼を見上げると、彼もまた穏やかに微笑む。

 求められていた返事はまだできていない。だけれど、どんな返事をしても、この関係が壊れてしまう気がして、彼が返事を期待しないならこのままでもいいと思ってしまう。

 それは沙代子の弱さだったが、待ってくれているのは彼の強さだった。その強さに甘えている自覚はあって、このままではいけないんだという気持ちも浮かぶ。

「天草さん、あの……」

 勇気を出して、言ってみようと思った。
< 178 / 211 >

この作品をシェア

pagetop