恋の微熱に溺れて…
「乾杯…。んー…美味しい……」

やっぱり一杯目はビールに限る。ビールの泡と炭酸が仕事で疲れた身体に染み渡る。

「京香さん、実は今日の昼休憩中に物件サイトを見てたんですけど、条件の合う物件が見つかりまして。これなんですけど…」

慧くんが私にスマホの画面を見せてきた。良い物件を見せるために…。
でも次の瞬間、予期せぬハプニングが起きた。慧くんのスマホに突然、電話がかかってきた。

「慧くん、電話が鳴ってるよ…」

私がそう言っても、慧くんはその画面を見たまま呆然としていた。
あまり詮索するのは良くないと思ったけれど、画面には“霞美(かすみ)”という名前が表示されていた。
どう考えても間違いなく女性の名前だ。霞美という名前が苗字なわけがない。
慧くんが浮気…なんて考えられない。だとしたらこんなに簡単にスマホの画面を見せてこないと思う。
母親とか?いや、母親だったらその場で電話に応じているはず。
その場で応じられない相手…ということはもしかして元カノ…。
その可能性が大だ。それ以外考えられない。いざ元カノという存在に直面すると、心に穴がぽっかり空いた気持ちになる。
どうして慧くんに電話をかけてきたの?電話なんてかけてこないでよ。
そして慧くんも何も後ろめたいことがないならその場で電話に応じればいいし、何も言わずに黙らないでよ。
何とも言えないこの空気に私は耐えられそうになかった。

「慧くん、電話に応じなくて大丈夫?」

再度、私から声をかけた。すると今度は私の声が届いたのか、慧くんは反応を示した。

「すみません。この電話には応じなくて大丈夫です…」

どうして…?と言いかけたけど、言えなかった。
言ったらお終いな気がした。これ以上は聞かないでほしいということだけは悟った。

「そっか。そうなんだね…」

この日は微妙な空気になって終わった。
お酒を飲んでいたので、自宅へ帰るのは危ないと思い、一応泊まった。
もちろん何も起きることはなく。気まずい空気の中、一緒にベッドで眠った。
そして翌朝。慧くんは気まずそうに、「昨晩はすみません。あの電話は知り合いからで。急ぎではないので応じる必要がなくて…」という説明を受けた。
慧くんから話を聞いても釈然としなかった。寧ろ更に胸のモヤモヤが増した。
今は慧くんと一緒に居たくない。どんな気持ちで傍に居たらいいのだろう。
こういう時、同じ職場であることが億劫に感じた。一瞬でも良いから彼と離れた時間を過ごしたいと思った。
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