恋の微熱に溺れて…


           *


どんよりした気持ちのまま一日中仕事をしていたら、いつもの倍は疲れた。
今日は慧くん家に寄らずにまっすぐに家に帰ろうと思っていたら、目の前に慧くんの姿を発見した。
どうしよう。昨日の今日なので断るのは気まずい。だからといって一旦引き返すのは慧くんの心を傷つけることになる。
駅まで一緒に帰ればいいか。疲れてるから自宅に帰るということにして…。
なんてことを考えていたら、目の前に綺麗な女性が現れた。
その女性は一目見てすぐに気づいた。昨日の電話の相手だということに…。

「慧くん、久しぶり。電話をかけても出てくれないし、なかなか会ってくれないから会社まで来ちゃった」

わざわざ押しかけてくるなんて、よっぽど慧くんのことが好きみたいだ。
私は二人の話に耳を傾けた。盗み聞きしていることがバレないように、身を隠せる柱に隠れて話の続きを聞くことにした。

「今更俺に何の用ですか?俺、今、真面目にお付き合いしている人がいるので困るんですが…」

どうやら慧くんにはその気がないみたいだ。はっきりと恋人がいることを伝えてくれたことに安心した。

「そうだったのね。それはごめんなさい。慧くんに伝えたいことがあって。実は私、お兄さんと結婚することになりました」

女性の話を聞く限り、慧くんにはどうやらお兄さんがいるみたいだ。
女性が慧くんに気がないことには安心したものの、彼女なのにお兄さんがいることを知らなかったショックが大きくて。
私は慧くんとお付き合いを始めてもうすぐ一年を迎えるというのに、何も知らないということを思い知った。

「そうですか。おめでとうございます」

「ありがとう。慧くんも彼女ができたんだね。慧くんもおめでとう」

彼女がそう言うと、慧くんは一気に機嫌が悪くなった。

「…帰ってください。会社まで来られるのは迷惑です」

こんなにイライラいている慧くんを見るのは初めてだ。
慧くんって怒ることがあるんだ。怒った彼はいつも穏やかな彼とは違い、怖いと感じた。
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