魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
「本当に、良いのでしょうか」

「もちろん。ディースブルク伯爵には既に了解を得ている。元々はこちらの晩餐会へ招待したのだが、どうにもあちらの令嬢を領地の外に出すのを渋っていた。それならばそちらで招待してはくれないかと……言ってみるものだ」

 ベルンハルトがその地位を笠に、無理を通したのだということは容易に想像ができる。
 貴族間の社交には不慣れであった様に感じていたのはリーゼロッテの勘違いだったのか。
 既に根回しが済んだ後でのリーゼロッテへの提案だというのであれば、断る理由もない。今断ってしまえば、ディースブルク家にも迷惑がかかるだろう。

「それでは、お言葉に甘えて、ディース領へと行ってまいります」

 リーゼロッテはいつもよりも鮮やかな笑顔で微笑んだ。

「く、詳しくはお互いが直接、交渉すれば良い。て、手紙を送ったことがないと、ヘルムートが気にしていたが……」

「わたくしは送ることができませんので」

 手紙は魔法で飛ばすか、それを生業にしている平民に任せるしかない。そのどちらの手段もリーゼロッテには使うことはできず、これまで一度だって送ったことがない。

「そんなもの、アルベルトに任せれば良い。ヘルムートでも困らないはずだ」

「書いても、よろしいのですか?」

「もちろんだ。許可を得るようなことではないだろう? この城の使用人を貴女がどう使ったとしても、誰かに文句を言われることではない」

 ベルンハルトから次から次へと与えられる、考えたこともなかった自由。それはまるで夜空の星が手元に降り注ぐ様なもので、あまりのことにリーゼロッテは言葉を失った。

「ただ、あちらへ向かうときの御者はヘルムートを付けるしかない。アルベルトは私が連れて行ってしまうから」

「ヘルムートさんですか? それなら楽しい時間になりそうですね」

「ヘルムートならば、あちらでも相応の働きをしてくれるはずだ。侍女にはイレーネを連れて行くと良い」

 ヘルムートだけでなく、普段からリーゼロッテの身の回りのことに気がついてくれる侍女の名前が、ベルンハルトの口から告げられる。
 ベルンハルトはこの広い城の中で、誰がどの様な仕事をしているのかさえ、把握しているのだろうか。

「本当にありがとうございます」

 気が重くて仕方なかったはずの春の挨拶の日が一転、楽しみでどうしようもなくなった。


 ディース領へと向かう日は、ベルンハルトが挨拶の為にシュレンタットへ向かった翌日。ディースブルク伯爵も夫人もシュレンタットに向かった後に到着する予定だ。
 ベルンハルトからの提案を受け入れた後、リーゼロッテはすぐにアマーリエへと手紙を書いた。
 アルベルトに任せればすぐにディースブルク家へと、魔法で手紙を飛ばしてもらうことができる。
 国立学院在学中に、手紙で秘密のやり取りをしたことはあった。それが領地を越える。嬉しさのあまり、ついつい筆が進んでしまう。
 しつこいほどの手紙の往来に、アルベルトの顔にも苦笑が浮かぶ。そんな風に顔を歪めながらも、全て大切に送り届けてくれるアルベルトの優しさにも、存分に甘えた。


「奥様、それでは私たちも出発致しましょうか」

「えぇ、よろしくお願いします。ヘルムートさん、イレーネ」

 ベルンハルトが城を出発した翌日、リーゼロッテもディース領へと向かおうとしていた。
 イレーネはリーゼロッテよりも若く、侍女としての経験は少ないものの、よく気のつく女性。リーゼロッテも彼女のことを一番頼りにしていた。

「奥様、何かありましたら何でもお申し付けください。精一杯お仕えさせていただきます」

「イレーネ、頼りにしています」

 こうして、御者のヘルムート、侍女のイレーネを連れて、リーゼロッテが隣の領地へ向けて出発した。


 ディース領は馬車で一日。出発した翌日には到着する距離だ。
 領地の境にある門に到着すれば、ヘルムートがディースブルク家に向けて、領地へ入ったことを知らせる書状を送る。そうすることで出迎える側の準備も整うという。
 リーゼロッテの知らない取り決めまで、ヘルムートがそつなくこなす。ベルンハルトが御者としてヘルムートを付けたことは、間違いなかった。

 
「ロイエンタール伯爵夫人、お待ちしておりました」

 ディース領の城の庭へと馬車が招き入れられ、扉を開けば、ディースブルクの使用人が何人も並んで出迎えてくれる。
 ロイスナーでもシュレンタットでも見たことのない光景に、つい馬車から降りるのを躊躇ってしまったぐらいだ。
 ヘルムートの手を借りて地面へ降り立てば、使用人達の中央から一人、リーゼロッテの方へ歩み出てくる人物がいる。最も会いたかった親友。

「ロイエンタール伯爵夫人、ようこそいらっしゃいました」

「アマーリエ様、本日はお招きありがとうございます。お会いしたかったです」

 貴族らしい挨拶など交わしたこともないくせに、使用人達を前にそれなりの形式を整える。顔を見合わせれば、お互いに吹き出しそうになるのを我慢した。

「中へどうぞ。ご案内いたします」

 アマーリエに促され、中庭を通り過ぎ、城の中へと進んでいく。途中で目に入る庭はロイスナーの城よりも大きく、季節にあった美しい景色が広がっていた。
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