魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
「リーゼロッテ!」
突然頭上から聞き慣れた声が降り注いだ。
リーゼロッテは急いで立ち上がり、その声の先へと顔を向ければ、先程飛び立った一頭の龍が背中にベルンハルトを乗せていた。
「ベルンハルト様……っ」
クラウスと呼ばれた龍の背中にその姿を見れば、レティシアから聞かされた話を思い出し、その顔を直視できなくなった。
「リーゼロッテ、大丈夫だったか?」
クラウスの背中から降り立ったベルンハルトが、リーゼロッテに向かって歩いてくるのがわかっていても、その顔を見ることができずに下を向く。
ベルンハルトの声を聞くだけで、これまでリーゼロッテに贈られた数々の言葉が、次々と思い出された。赤くなった顔を見られるというのは、どこか気恥ずかしくて、顔をあげることができない。
ベルンハルトの声に、首を縦に振って応え、声を出すこともできなかった。
「レティシア、これは一体……」
リーゼロッテの様子を問い詰めることもなく、ベルンハルトは会話の相手をレティシアへと変えた。
「凄いでしょ。リーゼロッテが作り出したのよ。布袋、持ってきてくれた?」
「あ、あぁ。袋は持ってきたが……この魔力石を?」
「そう。リーゼロッテは土属性の魔法を使うの」
「土? それは何だ?」
「まさか、ベルンハルトも知らないの?」
「あぁ。そのような魔法があるのか?」
「はぁ。これだから人間は……」
レティシアが呆れた口調に、ため息まで吐いた。
「す、すまぬ」
「ベルンハルトのせいじゃないわ。必要ないものは忘れ去られていくものよ」
「悪いが、教えてくれないか?」
「もちろん。土属性の魔法っていうのはね――」
レティシアは、リーゼロッテに教えた話と同じものをベルンハルトにも話した。そして、試しにリーゼロッテに魔法を使わせてみたこと、その魔力が強大であったこと、いくつもの魔力石が土の中から取り出されたことも。
「それが、この魔力石か」
ベルンハルトは地面に転がっている魔力石を一つ手に取ると、その手触りを確かめるように手の上で弄んだ。
その大きさは、数ヶ月前に三日間かけて魔力を注いだ、あの魔力石とほぼ同じ大きさで、その時もこうして握り込んでいたと、懐かしく感じる。
「リーゼロッテがイメージした魔力石は、貴方から贈られたものみたいよ。苦労して染めた甲斐、あったわね」
ベルンハルトが魔力石に意識を囚われていると、レティシアが耳元でそう囁いた。
「な、何故っ」
「そんなこと、聞かなくたってわかるわ。さっ、早く城に戻りましょ」
レティシアはそう言うと、ベルンハルトの持ってきた布袋を取り上げ、地面の魔力石を一つずつ集めていく。
レティシアの様子を見て、クラウスも同じように拾い集め、それを見たベルンハルトとリーゼロッテが慌てて続く。
小さな魔力石を集めるのはそれなりに時間が必要で、終わった頃にはレティシアが「リーゼロッテ、次はもう少し大きいものにしてちょうだい」と顔色に疲労感を滲ませた。
森から帰る時まで、レティシアはリーゼロッテを背中に乗せてくれ、最初の約束通り無事に城へと送り届けてくれた。
これまでのことが嘘のようにレティシアが親しく、『リーゼロッテ』と呼びかけてくれるのが嬉しくて、仲良くなれたことに心が弾む。
「今日はこれで帰るわ。長の件もまた改めて報告に来るわね」
そう言って飛び立ってしまったときには、寂しさが広がった。
「リーゼロッテ、これは貴女が持っていればいい」
レティシアに送り届けられた城の中庭で、ヘルムートが用意したお茶を前に、ベルンハルトが魔力石の入った袋をリーゼロッテへと押し付けた。
「いえ。これは、この城で使ってください」
ベルンハルトから渡された袋には、小さいながらもたくさんの魔力石が入っている。
リーゼロッテが人生で初めて使った魔法。その結果として手に入れたものだとしたら、これまでお世話になった城で使ってほしい。
「この城にはまだたくさんの魔力石が保管されている。必要ない」
ベルンハルトから突きつけられた言葉は、魔法が使えたことに浮かれていたリーゼロッテの心を、急激に冷した。
「ベルンハルト様っ」
二人の会話を聞いていたヘルムートが、ベルンハルトを諌めようと声をあげるが、ベルンハルトはその声にも反応せずに席を立つ。
そしてそのまま、城の中へと戻って行ってしまったのだ。
「どう、して……」
ベルンハルトの態度が理解できずに、リーゼロッテは魔力石を前に大粒の涙を流す。
やっと役に立てるはずだった。
ベルンハルトには必要のないものだとはわかっていても、城の中で使うことができるだろうと、少しでも恩返しができると思っていた。
自分がこの城にいる価値を、少しでも見出だせると思っていたのに。
「奥様。ベルンハルト様も突然のことで驚かれているのかもしれません。代わりにお詫び申し上げます」
「いいえ。大丈夫です。こんなこと、慣れているもの」
ベルンハルトの冷たい態度は、今に始まったことじゃない。ロイスナーへ来て、つれない態度のベルンハルトを見ることは、普通のことだったはずだ。
「また、前に戻っただけのことよ。気にすることないわ」
リーゼロッテは目元を拭い、席を立った。これ以上、この顔を晒すわけにはいかない。泣くならば、部屋で独りで。
「どちらへ?」
「部屋に戻ります。それは、ヘルムートさんの方で使って下さい。わたくしが持っていても、意味がないので」
魔力石は見なかったことにしよう。
魔法を使えた今日のことは忘れよう。
そうすれば、またベルンハルトはこちらを向いてくれるかもしれない。隣に座ってくれるかもしれないのだから。
突然頭上から聞き慣れた声が降り注いだ。
リーゼロッテは急いで立ち上がり、その声の先へと顔を向ければ、先程飛び立った一頭の龍が背中にベルンハルトを乗せていた。
「ベルンハルト様……っ」
クラウスと呼ばれた龍の背中にその姿を見れば、レティシアから聞かされた話を思い出し、その顔を直視できなくなった。
「リーゼロッテ、大丈夫だったか?」
クラウスの背中から降り立ったベルンハルトが、リーゼロッテに向かって歩いてくるのがわかっていても、その顔を見ることができずに下を向く。
ベルンハルトの声を聞くだけで、これまでリーゼロッテに贈られた数々の言葉が、次々と思い出された。赤くなった顔を見られるというのは、どこか気恥ずかしくて、顔をあげることができない。
ベルンハルトの声に、首を縦に振って応え、声を出すこともできなかった。
「レティシア、これは一体……」
リーゼロッテの様子を問い詰めることもなく、ベルンハルトは会話の相手をレティシアへと変えた。
「凄いでしょ。リーゼロッテが作り出したのよ。布袋、持ってきてくれた?」
「あ、あぁ。袋は持ってきたが……この魔力石を?」
「そう。リーゼロッテは土属性の魔法を使うの」
「土? それは何だ?」
「まさか、ベルンハルトも知らないの?」
「あぁ。そのような魔法があるのか?」
「はぁ。これだから人間は……」
レティシアが呆れた口調に、ため息まで吐いた。
「す、すまぬ」
「ベルンハルトのせいじゃないわ。必要ないものは忘れ去られていくものよ」
「悪いが、教えてくれないか?」
「もちろん。土属性の魔法っていうのはね――」
レティシアは、リーゼロッテに教えた話と同じものをベルンハルトにも話した。そして、試しにリーゼロッテに魔法を使わせてみたこと、その魔力が強大であったこと、いくつもの魔力石が土の中から取り出されたことも。
「それが、この魔力石か」
ベルンハルトは地面に転がっている魔力石を一つ手に取ると、その手触りを確かめるように手の上で弄んだ。
その大きさは、数ヶ月前に三日間かけて魔力を注いだ、あの魔力石とほぼ同じ大きさで、その時もこうして握り込んでいたと、懐かしく感じる。
「リーゼロッテがイメージした魔力石は、貴方から贈られたものみたいよ。苦労して染めた甲斐、あったわね」
ベルンハルトが魔力石に意識を囚われていると、レティシアが耳元でそう囁いた。
「な、何故っ」
「そんなこと、聞かなくたってわかるわ。さっ、早く城に戻りましょ」
レティシアはそう言うと、ベルンハルトの持ってきた布袋を取り上げ、地面の魔力石を一つずつ集めていく。
レティシアの様子を見て、クラウスも同じように拾い集め、それを見たベルンハルトとリーゼロッテが慌てて続く。
小さな魔力石を集めるのはそれなりに時間が必要で、終わった頃にはレティシアが「リーゼロッテ、次はもう少し大きいものにしてちょうだい」と顔色に疲労感を滲ませた。
森から帰る時まで、レティシアはリーゼロッテを背中に乗せてくれ、最初の約束通り無事に城へと送り届けてくれた。
これまでのことが嘘のようにレティシアが親しく、『リーゼロッテ』と呼びかけてくれるのが嬉しくて、仲良くなれたことに心が弾む。
「今日はこれで帰るわ。長の件もまた改めて報告に来るわね」
そう言って飛び立ってしまったときには、寂しさが広がった。
「リーゼロッテ、これは貴女が持っていればいい」
レティシアに送り届けられた城の中庭で、ヘルムートが用意したお茶を前に、ベルンハルトが魔力石の入った袋をリーゼロッテへと押し付けた。
「いえ。これは、この城で使ってください」
ベルンハルトから渡された袋には、小さいながらもたくさんの魔力石が入っている。
リーゼロッテが人生で初めて使った魔法。その結果として手に入れたものだとしたら、これまでお世話になった城で使ってほしい。
「この城にはまだたくさんの魔力石が保管されている。必要ない」
ベルンハルトから突きつけられた言葉は、魔法が使えたことに浮かれていたリーゼロッテの心を、急激に冷した。
「ベルンハルト様っ」
二人の会話を聞いていたヘルムートが、ベルンハルトを諌めようと声をあげるが、ベルンハルトはその声にも反応せずに席を立つ。
そしてそのまま、城の中へと戻って行ってしまったのだ。
「どう、して……」
ベルンハルトの態度が理解できずに、リーゼロッテは魔力石を前に大粒の涙を流す。
やっと役に立てるはずだった。
ベルンハルトには必要のないものだとはわかっていても、城の中で使うことができるだろうと、少しでも恩返しができると思っていた。
自分がこの城にいる価値を、少しでも見出だせると思っていたのに。
「奥様。ベルンハルト様も突然のことで驚かれているのかもしれません。代わりにお詫び申し上げます」
「いいえ。大丈夫です。こんなこと、慣れているもの」
ベルンハルトの冷たい態度は、今に始まったことじゃない。ロイスナーへ来て、つれない態度のベルンハルトを見ることは、普通のことだったはずだ。
「また、前に戻っただけのことよ。気にすることないわ」
リーゼロッテは目元を拭い、席を立った。これ以上、この顔を晒すわけにはいかない。泣くならば、部屋で独りで。
「どちらへ?」
「部屋に戻ります。それは、ヘルムートさんの方で使って下さい。わたくしが持っていても、意味がないので」
魔力石は見なかったことにしよう。
魔法を使えた今日のことは忘れよう。
そうすれば、またベルンハルトはこちらを向いてくれるかもしれない。隣に座ってくれるかもしれないのだから。