魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
ベルンハルトの決意
「リーゼロッテ!」
ベルンハルトはいつものように庭に降りていくリーゼロッテの姿を見ていた。
その時間はベルンハルトにとって最も幸せな時間だ。それなのに真っ青な顔をしてリーゼロッテが椅子へと座り込んだ途端、執務室を飛び出していた。
レティシアが来ていたように見えた。
ヘルムートは一体何をしていたのだろうか。
ベルンハルトが庭にたどり着いたときには、リーゼロッテは既にレティシアの背中に乗って飛び去った後。
その一部始終を見ていたであろうヘルムートに、責め立てる視線を投げかけたのは言うまでもない。
「ヘルムート、其方見ておったよな」
「はい。散歩に行くと仰っていましたよ」
ベルンハルトの不機嫌な声色にも、動じない態度のヘルムートは、悪びれもせずにそう言ってのけた。
いくらベルンハルトがその力を振りかざしたところで、きっとヘルムートは何ともない顔で笑っているだろう。
「ベルンハルト様の手にかけられるのであれば、それはそれまでの人生ということ。慎んでお受けいたしますよ」そんなふうに笑って話していたことがある。それは多分ヘルムートの本音で、今もなお同じように考えているに違いない。
ただの執事であったはずの男。今は何の力もない庭師。魔力だってベルンハルトに敵うわけもない目の前の男は、一体どんな過去を送ってきたのだろうか。
「はぁっ。私はやはり、其方が苦手だ」
ベルンハルトは頭を抱え、リーゼロッテが飛び立った空を見上げた。
「それはそれは。私はベルンハルト様にお仕えできること、光栄に思っているのですが。こうしていても仕方ありませんね。お茶でも淹れますから、お座り下さい」
さっきまでリーゼロッテが座っていた椅子を勧められ、素直に腰を下ろした。
このまま、待つしかないのだろう。
「其方の淹れるお茶を味わうのも、久しぶりだな」
「そうですね。アルベルトが専属になるまでは、私の役目でしたから」
「リーゼロッテにも、淹れてくれているんだな。以前、褒めていたのを聞いた」
「おや、そのように私の話をしていただけるとは、ありがたいことです。次はより美味しいものをお淹れしなくてはなりませんね」
軽快に会話を重ねながら、手慣れた所作でお茶を淹れてくれる。その洗練された手の動きは、到底真似できるものではないと、改めて感心する。
「さぁ、どうぞ。ベルンハルト様は、今でも温かいものがお好きですか?」
汗ばむ様な気候になっても、温かいものを好んでいたことを覚えているのか。余計な口を挟む必要のない心配りに、つい居心地の良さを覚える。
隙を見せてはいけない相手だと、忘れてしまいそうだ。
「其方の淹れるお茶だけは、何ものにも負けぬな」
「だけ、ですか?」
「だけ、だ」
ベルンハルトが嫌な思いをしないようにと、抜群の程度が図られた会話、空気。そのどれもが幼い頃から味わってきたもの。リーゼロッテのことを心配している中で与えられた懐かしい時間。
ささくれだった心が、凪いでいくのを感じた。
そんなヘルムートとのひと時に終わりを告げたのは一頭の龍だった。
「クラウス!」
前回の討伐で出会った、レティシアよりも一回り小さい龍。レティシアを慕い、レティシアの為に動くその様子に、種別を越えて好感を抱く。
「ベルンハルト様、レティシア様がお呼びです。大きい布袋を持ってくるようにと言付かっております。用意が整いましたら、背中にどうぞ」
クラウスの言葉を聞きつけたのか、次の瞬間にはヘルムートの手元に布袋が用意されており、ベルンハルトは屈んだクラウスの背中に乗った。
ヘルムートから布袋を受け取れば、いつでも出発できる。
(これは、どこから出したのだ)
ヘルムートの周到さに、若干の恐怖を覚えながら、ベルンハルトはリーゼロッテの元へと飛び立った。
「リーゼロッテ!」
ベルンハルトが見つけたのは、大量の魔力石の真ん中で、顔を赤くして俯くリーゼロッテ。
その魔力石の正体を、ことの顛末をレティシアから聞きながら、ベルンハルトはたった一つのことが気にかかって仕方なかった。
(リーゼロッテが、魔法を使える)
その事実はベルンハルトの頭の中にこびりつき、嫌な想像をかき立てる。
リーゼロッテは魔法が使えないからと、貴族から、家族から虐げられていたはずだ。それが使えるとわかってしまったのなら、もうベルンハルトの側にはいてくれないのではないか。
こんな強大な魔力、王城で歓迎されないはずがない。いつ、連れ戻されてしまうのか。
いや、この魔力を盾に、自ら王都に戻ることだってできるはずだ。こんな辺境地にいる必要もない。
初めて歩いた王都の市場は、人も物も輝きを放っていて、ロイスナーでは到底太刀打ちできない。あんなに栄えた場所へと戻ることができるのなら、すぐにでもそうするだろう。
この醜いあざがあるから、リーゼロッテと結婚することができた。それを我慢していても、離婚を突き付けられるのは時間の問題か。
「リーゼロッテ、これは貴女が持っていればいい」
それを持っていれば、自分の価値をバルタザールに認めさせることができるだろう。
自分の力で得たものは、自分の為に使うといい。
(レティシアの力を借りなければ、魔獣を倒すことのできない私とは違う。自分の力だけで手に入れたものなのだから)
酷い言い方をした。冷たい言い方をした。
あんな言い方をすれば、またリーゼロッテが傷つくのはわかっている。
だが、すぐに自分が手に入れた状況に気がつくだろう。
こんな仮面の伯爵の下から逃げ出すことができるのだ。そして王都で幸せになる道が待ってる。
はやくそのことに気がつけばいい。
リーゼロッテが幸せになる道を、進んでいけばいい。
ベルンハルトはいつものように庭に降りていくリーゼロッテの姿を見ていた。
その時間はベルンハルトにとって最も幸せな時間だ。それなのに真っ青な顔をしてリーゼロッテが椅子へと座り込んだ途端、執務室を飛び出していた。
レティシアが来ていたように見えた。
ヘルムートは一体何をしていたのだろうか。
ベルンハルトが庭にたどり着いたときには、リーゼロッテは既にレティシアの背中に乗って飛び去った後。
その一部始終を見ていたであろうヘルムートに、責め立てる視線を投げかけたのは言うまでもない。
「ヘルムート、其方見ておったよな」
「はい。散歩に行くと仰っていましたよ」
ベルンハルトの不機嫌な声色にも、動じない態度のヘルムートは、悪びれもせずにそう言ってのけた。
いくらベルンハルトがその力を振りかざしたところで、きっとヘルムートは何ともない顔で笑っているだろう。
「ベルンハルト様の手にかけられるのであれば、それはそれまでの人生ということ。慎んでお受けいたしますよ」そんなふうに笑って話していたことがある。それは多分ヘルムートの本音で、今もなお同じように考えているに違いない。
ただの執事であったはずの男。今は何の力もない庭師。魔力だってベルンハルトに敵うわけもない目の前の男は、一体どんな過去を送ってきたのだろうか。
「はぁっ。私はやはり、其方が苦手だ」
ベルンハルトは頭を抱え、リーゼロッテが飛び立った空を見上げた。
「それはそれは。私はベルンハルト様にお仕えできること、光栄に思っているのですが。こうしていても仕方ありませんね。お茶でも淹れますから、お座り下さい」
さっきまでリーゼロッテが座っていた椅子を勧められ、素直に腰を下ろした。
このまま、待つしかないのだろう。
「其方の淹れるお茶を味わうのも、久しぶりだな」
「そうですね。アルベルトが専属になるまでは、私の役目でしたから」
「リーゼロッテにも、淹れてくれているんだな。以前、褒めていたのを聞いた」
「おや、そのように私の話をしていただけるとは、ありがたいことです。次はより美味しいものをお淹れしなくてはなりませんね」
軽快に会話を重ねながら、手慣れた所作でお茶を淹れてくれる。その洗練された手の動きは、到底真似できるものではないと、改めて感心する。
「さぁ、どうぞ。ベルンハルト様は、今でも温かいものがお好きですか?」
汗ばむ様な気候になっても、温かいものを好んでいたことを覚えているのか。余計な口を挟む必要のない心配りに、つい居心地の良さを覚える。
隙を見せてはいけない相手だと、忘れてしまいそうだ。
「其方の淹れるお茶だけは、何ものにも負けぬな」
「だけ、ですか?」
「だけ、だ」
ベルンハルトが嫌な思いをしないようにと、抜群の程度が図られた会話、空気。そのどれもが幼い頃から味わってきたもの。リーゼロッテのことを心配している中で与えられた懐かしい時間。
ささくれだった心が、凪いでいくのを感じた。
そんなヘルムートとのひと時に終わりを告げたのは一頭の龍だった。
「クラウス!」
前回の討伐で出会った、レティシアよりも一回り小さい龍。レティシアを慕い、レティシアの為に動くその様子に、種別を越えて好感を抱く。
「ベルンハルト様、レティシア様がお呼びです。大きい布袋を持ってくるようにと言付かっております。用意が整いましたら、背中にどうぞ」
クラウスの言葉を聞きつけたのか、次の瞬間にはヘルムートの手元に布袋が用意されており、ベルンハルトは屈んだクラウスの背中に乗った。
ヘルムートから布袋を受け取れば、いつでも出発できる。
(これは、どこから出したのだ)
ヘルムートの周到さに、若干の恐怖を覚えながら、ベルンハルトはリーゼロッテの元へと飛び立った。
「リーゼロッテ!」
ベルンハルトが見つけたのは、大量の魔力石の真ん中で、顔を赤くして俯くリーゼロッテ。
その魔力石の正体を、ことの顛末をレティシアから聞きながら、ベルンハルトはたった一つのことが気にかかって仕方なかった。
(リーゼロッテが、魔法を使える)
その事実はベルンハルトの頭の中にこびりつき、嫌な想像をかき立てる。
リーゼロッテは魔法が使えないからと、貴族から、家族から虐げられていたはずだ。それが使えるとわかってしまったのなら、もうベルンハルトの側にはいてくれないのではないか。
こんな強大な魔力、王城で歓迎されないはずがない。いつ、連れ戻されてしまうのか。
いや、この魔力を盾に、自ら王都に戻ることだってできるはずだ。こんな辺境地にいる必要もない。
初めて歩いた王都の市場は、人も物も輝きを放っていて、ロイスナーでは到底太刀打ちできない。あんなに栄えた場所へと戻ることができるのなら、すぐにでもそうするだろう。
この醜いあざがあるから、リーゼロッテと結婚することができた。それを我慢していても、離婚を突き付けられるのは時間の問題か。
「リーゼロッテ、これは貴女が持っていればいい」
それを持っていれば、自分の価値をバルタザールに認めさせることができるだろう。
自分の力で得たものは、自分の為に使うといい。
(レティシアの力を借りなければ、魔獣を倒すことのできない私とは違う。自分の力だけで手に入れたものなのだから)
酷い言い方をした。冷たい言い方をした。
あんな言い方をすれば、またリーゼロッテが傷つくのはわかっている。
だが、すぐに自分が手に入れた状況に気がつくだろう。
こんな仮面の伯爵の下から逃げ出すことができるのだ。そして王都で幸せになる道が待ってる。
はやくそのことに気がつけばいい。
リーゼロッテが幸せになる道を、進んでいけばいい。