魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
「奥様。こちらをどうぞ」

 ヘルムートが持ってきたのは、初夏のあの日、リーゼロッテがヘルムートに押し付けたままの布袋。使い切れなかったと話してはいたが、その中身を使った形跡もない。

「取っておいてくれたんですね。ありがとうございます」

「いえ。それもまた、仕事です」

 リーゼロッテがヘルムートからその袋を受け取れば、魔力石同士がぶつかり合う時に鳴る、特徴的な高い音が何音も重なり合って聞こえる。

「それは?」

「アルベルトさんはご存知なかったですね。これ、全部魔力石なの。すごく小さいものばかりだけど、それなりに価値はあるはず」

 リーゼロッテが袋の口を開き、中身の魔力石をアルベルトに見せれば、その顔色が一瞬にして変わる。

「こ、このようにたくさんの魔力石を、どうやって……」

「それについてはまたゆっくりお話しするわ。それよりも、これを持っていけば食糧とも交換してもらえるわよね」

「それは、そうですが。あまりにたくさんの量を持ち出せば、余計な邪推を生みます。それに、魔力石の力を悪用する者もおります」

 見せ過ぎることになっては、余計な刺激を与えてしまうかもしれない。アマーリエのことを信じてはいるが、その後ろにはディースブルク伯爵が控えている。

「この中の一部を持っていくことにするわ」

「そうしていただければ」

「そしたら、早速行きましょう」

 このままレティシアに会い、その足でディースへ。リーゼロッテはそのつもりで準備を整える。
 広場への案内、気候制御の能力、ベルンハルトの容体は医者代わりのヘルムートが看ることにして、ディース領への従者はアルベルトだ。

「ヘルムートさん、ベルンハルト様のこと、よろしくお願いします」

「もちろんです。奥様もこの天候です。くれぐれもお身体にお気をつけ下さい」

「アルベルトさんが一緒ですもの。問題ありませんわ」

「愚息ゆえ、それが一番気になりますが」

「あら、本当は誰よりも信頼してますよね」

 ヘルムートほどではなくとも、アルベルトの高い能力は父親であるヘルムートが一番理解しているはずだ。

「アルベルトには、私の持つ全てを教えてあります」

「うふふ。それなら、何も心配ないでしょう。アルベルトさん、行きましょう」

「はい。かしこまりました」

 ベルンハルトの側近としての仕事の多いアルベルトは、どうしてもリーゼロッテとの間に距離がある。拭えない緊張感は仕方のないことだ。


 リーゼロッテの部屋から扉のある広間まで、二人の足音だけが響く。討伐への出発を知らせを聞いた時とは違う。まるで一歩ずつその道を踏みしめるように足を運んでいく。

「アルベルトさん。付き合ってくださって、ありがとう」

 本来なら一時(いっとき)でも離れることなくベルンハルトの側についていたいだろう。専属であった頃があるとなると、もう何年もアルベルトの仕事の中心にはベルンハルトがいたはずだ。

「奥様、そのようなことを言う必要はないのです。ロイエンタール家の方に仕えるのが私の仕事ですから」

「ベルンハルト様のことは、ヘルムートさんが看てくれるわ。わたくし達は、早く帰ってくることだけを考えましょう」

「そうですね」

 広間の扉の前に立てば、アルベルトが持つ鍵でその扉を開ける。扉の枠の中は、真っ暗な空間が広がっていて、その中へ足を踏み入れることを躊躇わせた。

「奥様、ご安心下さい。中に進めば、すぐに目の前の景色が変わります。そこが、レティシア様の仰った広場です」

 リーゼロッテの躊躇する気持ちを察して、アルベルトが声をかけた。仕える相手の気持ちを汲んで先行する気遣いは、やはりヘルムートの息子だと、ベルンハルトが好んで側に置く理由がわかる。
 アルベルトの言葉に支えられながら、リーゼロッテはその足を扉の中へと進めた。


 扉の枠をくぐった途端、視界が大きく歪んだと思えば、すぐに目の前に広がったのは森の木々。あの扉は転移の魔法がかけられているようで、リーゼロッテにとっては見たこともない景色だ。

「ここが、広場?」

「はい。ロイスナーの領地の端です。そこの山に龍の巣があり、その向こうに魔獣の暮らす森が広がっております。国の結界の境界線が龍の巣の手前なので、ちょうどその辺りになるでしょうか」

 アルベルトが遠くの景色を指差しながら詳しく説明してくれるが、強い風と雪に遮られた視界に映るのは、真っ白な壁。本来であれば凍えるほどの寒さだろうに、それを感じさせないのはアルベルトの気候制御の魔法のせいか。

「ここで、レティシア様にお会い出来るの?」

「えぇ。呼びかければすぐに応えていただけるはずです」

「呼びかける? この風でも聞こえるの?」

 隣にいるアルベルトの声すら、途切れてしまうぐらいの風だ。それなのに、声が聞こえるというのだろうか。

「どうやっているのかはわかりませんが、聞こえているみたいです」

「そう……レティシア様? いらっしゃいますか?」

 半信半疑のリーゼロッテの声は、呼びかけるというには小さく、どうやってもレティシアの耳に届くような声ではない。

「リーゼロッテ! 何か、あったの?!」

「レティシア様?!」

 あんな小さな声でも届くとは、龍の耳というのはどうなっているのか。呼びかけたはずのリーゼロッテが最も驚いた。
 
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