魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
「ん? 今、私のこと呼んだわよね?」

「はい。呼びました」

「そうよねぇ。だから出てきたっていうのに、まるで化け物にでも遭ったみたいなんだもの」

「まさかあんな声でも聞こえるなんて思ってもなくって。お身体は大丈夫ですか?」

「聞こえるとは、少し違うから。体はもうかなり良いわ。心配かけたわね」

 リーゼロッテの問いかけに、レティシアが笑顔を見せる。昨日に比べその余裕のある顔は、それだけ回復が進んだ証だろう。改めて龍の回復力に驚かされる。

「実は、ディース領へと行きたいのです」

「ディース? どうして?」

「城の食糧が尽きてしまいそうで、ベルンハルト様が目を覚ます前に用意しておきたくて……それで、一刻も早く戻ってきたいのです!」

「ははぁん。龍の翼で行こうって? そんなこと、よく思いつくわねぇ」

「お願い、できませんか?」

「んー。構わないけど、行けてディース領の結界の前までよ? それ以上先には入れないわ」

「それで十分です! そこから先は馬車を手配します」

「そしたら、クラウスに乗ってもらっていいかしら? 帰りは荷物もあるのよね?」

「はい」

「私が行ってあげられれば良いのだけど、まだ少し痛みが残ってるところもあって……ごめんなさいね」

 昨日の傷を見れば当然だろう。それでも、クラウスの翼を貸してもらえるのであれば、何も問題はない。

「無理を言って、すいません」

「何でも言ってって言ったのは私よ。約束は守るわ」

 リーゼロッテの頼みを聞き入れたレティシアは、すぐにクラウスを呼び、リーゼロッテとアルベルトを乗せたクラウスが、その身をディース領まで飛ばした。
 前回ディース領へと赴いた時は馬車で丸一日。その大半の距離を龍の背中に乗って一気に進む。翼が一度はためけば速度はぐんと上がり、ロイスナーの領地を出て、ディース領に入る直前まであっという間であった。
 ロイスナーを抜け、ディースが近くなった頃から、風と雪はその勢いを弱まらせ、街道の雪も気にすることのないぐらい薄いものになる。雪で道が閉鎖されてしまうのは、ロイスナーだけなのだ。

「クラウスさん、ありがとうございました」

 クラウスの背中から降り、リーゼロッテが改めてクラウスに頭を下げる。

「レティシア様のご命令ですから。帰りもこちらでお待ちしております」

 クラウスが動く理由はいつだってレティシアの為。レティシアの体を気遣い、寄り添って飛んでいた昨日の光景が思い出される。

「よろしくお願いします」

 クラウスから離れ、少し進めばディースの門だ。アルベルトは門を確認するとアマーリエに向けて書状を送り届けた。春に訪れた時、ヘルムートがやっていたことと同じ光景が繰り返される。
 門で馬車を借り、ディースの城へ向けて進む道中、リーゼロッテはアルベルトに魔法の話を打ち明けた。

 土魔法が使えること。レティシアに連れられた森の中で魔力石を手に入れたこと。今回のものは全てその時に生み出したものだということ。そして、ロイスナーの城には必要ないと言われ、ヘルムートに預けていたことまで。

「ベルンハルト様はこれを持てば王都に戻れると仰っていたわ。そんなつもりないのに」

「ベルンハルト様は奥様のこと、本当に大切に思っていらっしゃいます」

 ベルンハルトの行動をかばうように、アルベルトが言葉を返す。

「ふふ。ありがとう。大切に思ってくださってるのわかってます。だから、わたくしの戻る場所はベルンハルト様のいらっしゃる所だと、きちんとお話したの。それに、これを染めるのも大変だと聞いたわ」

 リーゼロッテが胸元に光る魔力石に手を添えれば、アルベルトも当時を思い出すように宙を仰ぐ。

「それを染める時は、割らないようにとどれだけ心を砕いていたか……」

「あら? 本当?」

「え? 今、口に出して?」

「えぇ。ふふっ。本当?」

「あ、いや、そんな、ことは……」

「違うの?」

「え? いえ。違いませんが」

 無意識に口から出てしまった言葉を取り繕おうと、慌てふためくアルベルトが可愛らしく、リーゼロッテは揶揄うように言葉を投げかける。

「ふふっ。嬉しいわ」

 ベルンハルトの気持ちを少しでも垣間見ることができたからか、しどろもどろになるアルベルトを揶揄うのが楽しいからか、リーゼロッテは心から嬉しそうに笑う。
 それは王女として正しいことではないし、貴族として褒められたことでもない。それでも、その顔はこれまでリーゼロッテがアルベルトに見せたどの表情よりも美しく、可憐に見えた。

 
 間もなくディースの城の前へと馬車が到着した。前回は中庭へと案内されたが、今回は城の門の前にアマーリエが待っていた。

「アマーリエ!」

 門の前に停まった馬車の中からリーゼロッテが声をかけると、アマーリエが穏やかに微笑んだ。

「リーゼ、ここではなくあちらの離れの方へ馬車を回して下さる?」

 アマーリエが手で指し示す方角に、目の前の門よりも一回り小さいものが見える。正式な門を通るわけにはいかない理由は、やはりリーゼロッテのせいだろうか。
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