魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

一緒に

 ギシギシと錆びついてしまったような体の中で、唯一まぶただけが滑らかに動いた。二度三度とその動きを確かめるようにまばたきを重ねれば、徐々に目に映る景色に色が付き、記憶の中の景色から同じものを選び出そうとする。

(ここは、どこだ?)

 なんとか首を左右に動かし、自分が今いる場所の特定に急ぐ。
 
 見たこともない魔獣を相手に、布袋の魔力石はその全てが砕け散った。ここで食い止めなければ、魔獣達は一直線にロイスナーの中心まで入り込んで行くだろう。その後に待ち受ける未来は想像を絶する。
 最後の魔法を撃ち込む際、普段の何倍もの魔力を込めた。魔力が枯渇してしまうことの危険を、頭痛という形で体が自分に伝える。魔獣から受けた傷から、血が噴き出していくのが見えた。
 それでも、自分の持てる力を全て使い果たしてでも、討伐は成功させなければ。
 辺境伯としての義務など、元々どうだって良かった。ベルンハルトを突き動かすのはただ一つ。最愛の人、リーゼロッテの盾となる、その決意だけ。リーゼロッテの剣にも盾にもなると決めた、あの日から。

「ベルンハルト様。お目覚めですか?」

 聞き慣れた声の方向へと顔を向ければ、アルベルトがベルンハルトをのぞき込んでいた。

「あ、あぁ」

 何とか絞り出した声は音にならず、唇から空気が漏れ出しただけのもの。

「奥様を呼んできますね」

 次に聞こえた声はヘルムートのものだ。同じ部屋の中にいたのだろうが、すぐに部屋を出ていったのがわかる。

「アル……ここは?」

 アルベルトがいてヘルムートがいる。その事実からロイスナーの城に戻ってきたのはわかった。だが、ベルンハルトが寝ているこの部屋がどこなのか、心当たりがない。いや、たった一つだけ、考えたくもない予想。

「奥様のお部屋です」

 悪い予想というのは、得てして当たるもので、一番考えたくもなかった予想が現実になる。

「な……なぜ」

「レティシア様がこちらに連れてきたのです。こちらであれば、奥様がいらっしゃるとお考えだったようです」

 討伐で怪我負ったレティシアが、信用できる人間にベルンハルトの体を受け渡しただけ、その選択は何一つとして間違ってはいない。ただ、思わぬ形でリーゼロッテの部屋を独占してしまった。呼んでくるとヘルムートが言ったことを考えれば、リーゼロッテは別の部屋にいるのだろう。
 こんな形でリーゼロッテのベッドに寝ることなど考えてもいなかった。もっと、ちゃんとした形で。

(こんな時に、何を考えているんだ)

 自分の思考回路に呆れかえりながら、ようやく動き出した手で、顔を覆った。

「っ! かめ……ん」

「どうぞ」

 アルベルトの手から差し出される白い仮面。ベルンハルトの顔に広がる醜いあざを覆い隠す蓋。それはあざだけでなく、貴族らしく取り繕うことのできないベルンハルトの表情を隠し、与えられた自分の運命に抗う気持ちすら閉じ込める。
 魔獣を討伐することも、辺境伯でいることも、こんなあざがあることも。どれ一つとしてベルンハルト自身が望んだものではない。結婚相手ですら、自分の力で手に入れることはできなかった。そんな運命に従うためにも必要な枷。
 片手で握りつぶしてしまえそうなぐらい薄い仮面。簡単に外すことのできるそれは、ベルンハルトにとっては何よりも重たいもの。自由になった手で、いつものようにそれを付けた。

「外したのは?」

「だ、大丈夫です。ベルンハルト様のお世話は、私と父上で」

「そうか。すまないな」

 アルベルトの話を聞いて、ベルンハルトは心から安堵した。このあざをリーゼロッテに見せるわけにはいかない。ようやく形作られてきた夫婦の形。それを壊してしまう未来など、考えられない。
 ベルンハルトの脳裏によみがえる、温室で会った時の記憶。父親であるバルタザールから隠れるように一国の王女が温室で夜を明かしていた。春といえどもまだ冷えるであろう季節に、温室の木の根元で着の身着のまま横たわるリーゼロッテは、ベルンハルトに嫌悪を覚えればまたどうにかして逃げ出すことを考えるだろう。
 王都に戻るつもりがないリーゼロッテがこの城から逃げ出してしまえば、次はどこへ行ってしまうかわからない。バルタザールの様に逃げられることなど、耐えられるわけがない。

(毛布しか渡してあげられないが)

 
「ベルンハルト様。奥様をお連れしました」

「あぁ。大丈夫だ」

 ヘルムートに連れられてきたリーゼロッテはいつものように穏やかに微笑んでいて、ベルンハルトの気持ちが和んでいくのがわかる。

(こうして、側で笑っていて欲しいな)

 リーゼロッテの笑顔につられて、つい顔が綻んだベルンハルトの目は、口元に笑みをたたえたまま大きく見開かれていった。

「ベルンハルト様。笑っている場合じゃありません。どれだけ、皆が心配したと思っているのですか?」

 リーゼロッテの声色は、これまでに聞いたことがないぐらい冷え切っていて、その顔からは微笑みが消えた。

「す、すまない」

 ベルンハルトがリーゼロッテの怒りの表情を見るのは初めてだった。結婚してからのリーゼロッテはいつでも穏やかな微笑み浮かべていて、滅多にその感情を外に出すことはない。
 
「本当です。みんな……どれだけ……」

 体を動かせないベルンハルトが、リーゼロッテの顔を見つめていれば、その目元には徐々に涙が溜まっていくのが見える。

「心配……かけたな」

「わ、わたくし……ベルンハルト様に、何かあったらって……」

 リーゼロッテの目元に光る涙は少しずつその質量を増やしていき、今まさにこぼれ落ちようとしている。そんな様子を見ていたアルベルトとヘルムートが部屋を出ていこうとしてるのを、目の端でとらえた。
 常日頃、貴族らしくあろうと微笑みを絶やさずにいるリーゼロッテにとって、涙を見られることは望ましいことではないだろう。部屋の扉の外に控える二人はそれをわかっていて、リーゼロッテが落ち着くまではこのままにしておいてくれるはずだ。
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