魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
リーゼロッテの望んだ形でアマーリエとの取引が終われば、帰りは荷物の分の馬車まで用意してくれる。
ディース領の門まで馬車に乗り、その先ではクラウスが人間の姿で待っていた。
「クラウスさん! お待たせいたしました」
馬車から降りたリーゼロッテが慌ててクラウスに近寄るが、クラウスの表情からは何の感情も読み取れない。
「もう、城に戻られますか?」
「えぇ」
リーゼロッテの返事を聞くや否や、クラウスの姿が再び龍へと変わる。
先ほどまでの人間の姿は、他人にその姿を見られることを懸念してのことだろう。リーゼロッテが見たこともなかった龍たちに嫌悪や恐怖を抱かないのは、彼らのこうした繊細な気遣いによるものだ。
リーゼロッテとアルベルトがクラウスの背中に乗れば、持ち帰った食料も全て抱え込んでくれる。
「アルベルトさん。これで、城の食糧も大丈夫そうですね」
「……えっ? は、はい。そうですね」
普段からは考えられないようなアルベルトの物思いにふけったような様子に、リーゼロッテは少々違和感を覚えた。帰りの馬車の中でも口数が少なかったように思う。
「何か、気にかかることでもありますか?」
「いいえっ。大丈夫ですっ」
他領地に赴くというのは、さすがのアルベルトにとっても負担の大きいものだったのかもしれない。回復したばかりにもかかわらず、無理を強いてしまった。
気候制御の魔法にどれだけ魔力が必要なのか、リーゼロッテには予想もつかない。それを常時二人分かけ続けるアルベルトの疲労は相当なものではないのだろうか。
「お疲れなのであれば、気候制御をやめてください。わたくしでは代わることもできませんが、これでも厚着してきたので、耐えられます!」
ロイスナーの領地を進めば進むだけ雪も風も酷くなる。だが、クラウスの速さなら大した時間でもないはず。リーゼロッテはおとずれる寒さに覚悟を決めた。
「気候制御? やめるだなんて、そんな必要ありません。私のことはお気遣いなく」
アルベルトはすぐに顔を引き締めるが、その顔も長くは続かない。クラウスの背に乗っていれば、無事に城には辿り着くだろうが、その心ここにあらずの顔に、リーゼロッテの心中は穏やかではない。
(アルベルトさん、本当にどうされたのかしら)
「奥様、調理場近くに降ろしてもらいましょう。食糧の搬入口を開けます」
リーゼロッテの戻るべき城が眼下にその姿を現すと、アルベルトの意識もようやく目の前の城へと戻ったようだ。
「えぇ」
クラウスの翼が今一度大きくはためくと、城は一瞬で姿を大きくし、その裏側へと回り込んだ。
「クラウスさん、本当にありがとうございました」
クラウスの背から降りたリーゼロッテが改めて礼を言うと、クラウスは一言だけ鳴いてすぐに空へと飛び立つ。クラウスの心は常にレティシアの元にあるのだろう。本調子ではないレティシアをおいてこの場に来ることなど、本意ではないはず。
アルベルトにも、クラウスにも辛い思いをさせてしまった。
(ベルンハルト様が目覚めたら、何かお礼をしないと)
「奥様。お帰りなさいませ」
「ヘルムートさん」
搬入口へ降り立ったリーゼロッテを出迎えたのはヘルムートだ。
「この食糧を見る限り、上手くいったようですね」
「えぇ。魔力石、ありがとうございました」
「あれは、奥様のものですから」
「ベルンハルト様は?」
「まだ眠っておられます。奥様も少しお休みになってはいかがでしょうか? ベルンハルト様がお目覚めになりましたら、お呼びいたします」
ヘルムートの申し出は、リーゼロッテにとってもありがたいものであった。ベルンハルトの側を離れられない昨夜は、ほとんど眠れていない。
「客間を整えましたので、よろしければそちらで」
「では、そちらを使わせてもらいます」
せっかく用意してくれたのであれば、その好意に甘えるべきだ。リーゼロッテはようやく体を休めることができる安堵感と、ヘルムートの気遣いを嬉しく思う。
「持って帰ったものは好きに使ってください。ベルンハルト様に、栄養のつくお料理を召し上がっていただいて」
調理場にいる使用人たちに声をかけ、リーゼロッテは用意された客間へとその足を進めた。
客間のベッドへとその身を投げ出せば、昨夜からの疲労感が一気に全身を巡る。寝返りをうつことすら窮屈に感じる疲れが、ベッドに溶け出していくような妙な喪失感を味わえば、その意識は既に別の世界へと旅立った。
「奥様! 奥様!」
部屋の扉を叩く音と、誰かがリーゼロッテを呼ぶ声が遠くで聞こえる。
「奥様! ベルンハルト様がお目覚めになりました!」
「ん……誰?」
声の主を探そうと目を開ければ、見慣れない天井が目に入る。
「奥様!」
扉を叩く音とリーゼロッテを呼ぶ声が、意識の回復と共に徐々にその音量をあげていく。世界の輪郭がその線を確かなものにし、雑音まみれの物音から聞きたい音だけを拾い上げ、肺に思いっきり空気が流れ込んだ。
「ベルンハルト様が?!」
リーゼロッテの口からその身に似合わない大声が飛び出す。
「今、まいります」
ディース領の門まで馬車に乗り、その先ではクラウスが人間の姿で待っていた。
「クラウスさん! お待たせいたしました」
馬車から降りたリーゼロッテが慌ててクラウスに近寄るが、クラウスの表情からは何の感情も読み取れない。
「もう、城に戻られますか?」
「えぇ」
リーゼロッテの返事を聞くや否や、クラウスの姿が再び龍へと変わる。
先ほどまでの人間の姿は、他人にその姿を見られることを懸念してのことだろう。リーゼロッテが見たこともなかった龍たちに嫌悪や恐怖を抱かないのは、彼らのこうした繊細な気遣いによるものだ。
リーゼロッテとアルベルトがクラウスの背中に乗れば、持ち帰った食料も全て抱え込んでくれる。
「アルベルトさん。これで、城の食糧も大丈夫そうですね」
「……えっ? は、はい。そうですね」
普段からは考えられないようなアルベルトの物思いにふけったような様子に、リーゼロッテは少々違和感を覚えた。帰りの馬車の中でも口数が少なかったように思う。
「何か、気にかかることでもありますか?」
「いいえっ。大丈夫ですっ」
他領地に赴くというのは、さすがのアルベルトにとっても負担の大きいものだったのかもしれない。回復したばかりにもかかわらず、無理を強いてしまった。
気候制御の魔法にどれだけ魔力が必要なのか、リーゼロッテには予想もつかない。それを常時二人分かけ続けるアルベルトの疲労は相当なものではないのだろうか。
「お疲れなのであれば、気候制御をやめてください。わたくしでは代わることもできませんが、これでも厚着してきたので、耐えられます!」
ロイスナーの領地を進めば進むだけ雪も風も酷くなる。だが、クラウスの速さなら大した時間でもないはず。リーゼロッテはおとずれる寒さに覚悟を決めた。
「気候制御? やめるだなんて、そんな必要ありません。私のことはお気遣いなく」
アルベルトはすぐに顔を引き締めるが、その顔も長くは続かない。クラウスの背に乗っていれば、無事に城には辿り着くだろうが、その心ここにあらずの顔に、リーゼロッテの心中は穏やかではない。
(アルベルトさん、本当にどうされたのかしら)
「奥様、調理場近くに降ろしてもらいましょう。食糧の搬入口を開けます」
リーゼロッテの戻るべき城が眼下にその姿を現すと、アルベルトの意識もようやく目の前の城へと戻ったようだ。
「えぇ」
クラウスの翼が今一度大きくはためくと、城は一瞬で姿を大きくし、その裏側へと回り込んだ。
「クラウスさん、本当にありがとうございました」
クラウスの背から降りたリーゼロッテが改めて礼を言うと、クラウスは一言だけ鳴いてすぐに空へと飛び立つ。クラウスの心は常にレティシアの元にあるのだろう。本調子ではないレティシアをおいてこの場に来ることなど、本意ではないはず。
アルベルトにも、クラウスにも辛い思いをさせてしまった。
(ベルンハルト様が目覚めたら、何かお礼をしないと)
「奥様。お帰りなさいませ」
「ヘルムートさん」
搬入口へ降り立ったリーゼロッテを出迎えたのはヘルムートだ。
「この食糧を見る限り、上手くいったようですね」
「えぇ。魔力石、ありがとうございました」
「あれは、奥様のものですから」
「ベルンハルト様は?」
「まだ眠っておられます。奥様も少しお休みになってはいかがでしょうか? ベルンハルト様がお目覚めになりましたら、お呼びいたします」
ヘルムートの申し出は、リーゼロッテにとってもありがたいものであった。ベルンハルトの側を離れられない昨夜は、ほとんど眠れていない。
「客間を整えましたので、よろしければそちらで」
「では、そちらを使わせてもらいます」
せっかく用意してくれたのであれば、その好意に甘えるべきだ。リーゼロッテはようやく体を休めることができる安堵感と、ヘルムートの気遣いを嬉しく思う。
「持って帰ったものは好きに使ってください。ベルンハルト様に、栄養のつくお料理を召し上がっていただいて」
調理場にいる使用人たちに声をかけ、リーゼロッテは用意された客間へとその足を進めた。
客間のベッドへとその身を投げ出せば、昨夜からの疲労感が一気に全身を巡る。寝返りをうつことすら窮屈に感じる疲れが、ベッドに溶け出していくような妙な喪失感を味わえば、その意識は既に別の世界へと旅立った。
「奥様! 奥様!」
部屋の扉を叩く音と、誰かがリーゼロッテを呼ぶ声が遠くで聞こえる。
「奥様! ベルンハルト様がお目覚めになりました!」
「ん……誰?」
声の主を探そうと目を開ければ、見慣れない天井が目に入る。
「奥様!」
扉を叩く音とリーゼロッテを呼ぶ声が、意識の回復と共に徐々にその音量をあげていく。世界の輪郭がその線を確かなものにし、雑音まみれの物音から聞きたい音だけを拾い上げ、肺に思いっきり空気が流れ込んだ。
「ベルンハルト様が?!」
リーゼロッテの口からその身に似合わない大声が飛び出す。
「今、まいります」