狂気のサクラ
溝手が去ってからの週末は彼がフロントに立つことが多かった。フロントの中でふざけて手を握ってみたり、身体を寄せ合ったり、隠れてキスをしたり、私たちは確実に距離を縮めている。心は通じ合っているはずだ。
「香川さんちょっと来て」
先に上がった今井が入り口から手招きをして呼んでいる。彼にフロントを任せて駐車場に出た。風がとても強い。
「桜の花びらが散ってるの。写真撮って」
雪のように花びらが舞い、地面すれすれで渦巻いている。
春の夕暮れ。まだ明るく十分に眩しい。
今井は桜の木の下に立った。華奢な彼女は風に飛ばされてしまいそうだ。春らしいパステルカラーのワンピースがとても良く似合っている。
「撮りますよ」
「連写と動画でお願い」
今井に渡された携帯電話でカメラマンになった。彼女は髪を耳にかけたり、上目遣いをしたり色々なポーズをとった。
傾きかけた陽の光に照らされた彼女は見惚れてしまうほど綺麗だった。私がこんなルックスを備えていれば彼に愛されたかもしれない。
撮影した写真を一緒に確認した。
「やだ目つぶってるし」
「でも可愛いですよ」
2人で笑いながらスクロールする。舞い散る花びらの中で笑っている今井はため息が出そうなほど美人だ。
「私いい腕してますね」
「そうだね。彼氏に送っとく」
こんな美人の彼氏はどんなにハンサムなのだろうと想像してしまう。今井は美人なだけでなく優しく、面白い人で従業員からもお客さんからも評判が良く、私の憧れの人になっていた。
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