狂気のサクラ

「何してたの？」
フロントに戻ると彼がそう言った。
「桜の花びらの中で写真撮ってほしいって」
「なんだそりゃ」
「すっごく綺麗だった。彼氏に送るんだって」
私の言葉を聞いて、その場にいたバイトの男の子が不意に言った。
「そう言えば、香川さんって彼氏いるの？」
「いないけど」
咄嗟に答えた。
「そうなんだ。こないだ友達がここに来て、香川さんのこと可愛いって言ってたから」
「それ今井のことじゃないの？」
私より先に彼が言った。
「いや、香川さん。今井さんは高嶺の花すぎるって」
いや、それどういう意味？と私が言い、笑い話で終わったと思っていた。

帰宅してから彼からメッセージが届いた。
『今から来れる？』
夜中の1時前だった。
『はい』
こんな時間の呼び出しでも彼に会えることが嬉しくて。すぐに用意をして出かける。父と会えばまた五月蝿く言われる。それが面倒で一人暮らしをはじめようと考えていた。
部屋に着くと彼はシャワーを済ませたばかりのようだった。空気が重いと感じた。
彼は冷蔵庫からビールを取り出し、ひと口飲んでから言った。
「彼氏いないってなに？」
「え？」
私にとっては心外だった。今日の言葉は彼以外に誰もいないと伝えたつもりだったからだ。