恋人時代 コーヒーカップに映った君へ
 ぼんやりと朝が来て何かやっていたら昼になり、コーヒーを飲みながらボーっとしていたら夜になる。 無意識のうちに時間だけが過ぎていく。
気に入らない連中は何処かで時間を潰している。 俺だってそんな連中の一人かもしれない。
 そもそも誰かに気に入られたいと思ったことは無かったしこれからも無いはずだ。
気に入らなければ遠慮なく嫌えばいい。 無理して付き合うことも無いだろう。
それが無条件に権力を持っている人間であればあるほどそう思う。
 仕事でもプライベートでも趣味でも何でもそうだよ。 気に入らない連中に好かれる余裕なんて無いから。
だからかな、一人でYouTubeの世界に飛び込んだのは。 最初は緊張したし何が何だか分からなかった。
 権力者に対して俺は何も言わない。 言って聞くようなら権力者じゃないから。
権力者ほど頭の悪い人間も居ないと思うな。 頭が良かったら周りに気を使って大変だろうよ。
 頭が悪いからもめ事を起こすんだ。 頭のいいやつならスッと交わして逃げてる。
さあ、この先はどうなるかな?
気に入らないはずの人間に気に入られることほどこの世の不条理は無いと思っているから。
 涼子が死んだ後、俺は必死に勉強した。 そして大学に入った。
 そしてサークルにも飛び込んだ。 風景写真を撮りまくったよ。 写真家でもいいかと思った。
ところがさ、現実を見て「簡単には壊れないような職場を、、、」って思ったんだなあ。 その結果が銀行員だった。
 最初はカウンターでの仕事をやらせてもらったよ。 あの頃はまだまだATMなんて普及してなかったから。
引き出したり振り込んだり油断したら間違えそうな数字との戦いだった。
間違えたらそりゃもう大変だったよ。
 同僚が振り込む口座を間違えちゃって大変な事件になって責任を取らされたのを見て縮こまったくらいだから。
数百円ならまだまだ可愛いけど数億円だったからなあ。 その同僚は結局自殺したよ。
 それからしばらくは信用回復を目標にしてたっけなあ。
でもバブルが崩壊した後、長期信用銀行が売り飛ばされ、拓殖銀行が倒れたのを見てノイローゼになりそうなくらいに苦しんだことも覚えている。
銀行が潰れるとは思わなかったからさ。 そしてそれから20数年が経った。
 同期の中には副頭取とか専務になったやつも居る。 それなのに自分は下っ端のユーチューバーだ。
やっと生活に少しだけ余裕が出てきたかな?って感じだね。 まだまだ遊べない。
 いつものように喫茶店でコーヒーを飲みながら時間を潰している。 彼女すら居ない寂しいおっさんだ。
親戚連中も最近は疎遠になってしまって電話することさえ無くなってしまった。 元気で居るんだろうか?
 まあね、子供の頃だってそんなに関わってなかったんだ。 何を今更って感じだよな。
涼子の詩集を引っ張り出したことは無いなあ。 読みたいって気にならなくて。
 もうかれこれ30年も経ってるのに未だに過去を引きずってるんだ。 馬鹿だよなあ。
人間はいつか死ぬんだ。 それが早まっただけじゃないか。
そう割り切ろうとしたことも有るよ。 でもあの日の涼子を忘れられなくて、、、。
 グチャグチャニなった顔で俺を探してたんじゃないかって思ったりしてさ。 取り越し苦労なんだけどね。
だってそうだろう。 好きだって決まったわけでもないし嫌いだって決まったわけでもない。
好きだったわけでも嫌いだったわけでもなかった。 毎日隣に居たからさ。
 大学で出会えばよかったね。 そうすれば今頃は、、、。
そんなことを考えながら今日も一日が終わる。 こんな一日を繰り返して俺は死んでいくのか?
 暗くなった部屋で天井を見上げて何かを考えている。 取り留めの無い追想を繰り返している。
外の道をバイクが突っ走って行った。 何を急いでいるんだろう?
まあいいか。 他人のやっていることだ。
 いつものように冴えない顔で酒を飲む。 刺身を摘まみながらぼんやりしている。
辺りに物音は無い。 今日は風も吹かないらしい。
 本当に静かな町だよ。 ここに俺は長く住んできた。
今や誰も遊びにすら来ないけれど、、、。

 部屋の隅に転がしてあるぬいぐるみを拾ってみる。 涼子が死んだ後で「思い出の一つに、、、」って貰ったやつだ。
あの日からこいつはずっと俺の枕元に置いてあった。 由美子だって毎朝撫でていたぬいぐるみだ。
あいつが出て行った後、ずっと部屋の隅に転がしっぱなしだった。 ちょいと埃もかぶってるなあ。
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