募る想いは果てしなく
「じゃあ、七瀬帰ります! お疲れっした!」
「マジでやばくなったら連絡しろよ!」
「はーい!」

 お行儀よく返事を返す。
 彼らに背を向け、急ぎ足でマンションへ向かう。
 寒風が刺すように痛い。
 まるで氷の鞭のよう。
 冷たい風から身を守るように肩をすぼめて、1階にあるエレベーターのボタンを押した。

 点滅する表示盤を眺めていた時。
 ふと、早坂の言葉が脳裏をよぎる。

『切羽詰まった人間ほど、何をするかわからない』

「……まさかね」

 男女間のトラブルは危険も多いと聞く。
 交際のもつれが事件に発展する例も増えている。
 早坂がやたらと『2人きりになるな』と口にするのも、その危険性を踏まえての忠告だということもわかる。

 でもまさか。
 あの青木さんに限ってそんなこと。

 もう一度スマホをチェックする。
 青木さんからの連絡はない。
 仕方なくLINEのトーク画面を開いて、早坂にメッセージを打ち込んだ。

 "お疲れ。話が終わったらLINEするね"

 仕事外のことなのに、心配ばかりさせてる。
 申し訳ないなと思いつつ、コートのポケットにスマホをそのまま仕舞い込んだ。



 この日の夜。

 何の危機感も抱かず、1人でのこのこ部屋に帰ってきてしまったことを――
 私は一生、後悔することになる。




「あれ?」

 人気のない共用廊下に、自分の声が鳴り響く。
 バックから取り出した鍵を鍵穴に挿し込んだ時、ありえない異変に気付いた。

「……なんで?」

 部屋の鍵が、開いていた。
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