募る想いは果てしなく
 額に脂汗が滲み出る。
 まともな抵抗もできないまま、やがて来るかもしれない死の瞬間に怯えることしかできなくて涙が滲む。

 でも、彼の力は酷く弱いもの。
 私を殺そうという意思は感じられない。
 それでも息苦しいことに変わりはない。
 苦痛に歪む私の様子を、青木さんは悠然とした態度で見下ろしている。

 その表情はやっぱり穏やかなまま。
 彼の心理状態がわからなくて困惑する。

「ねえ遥。俺、嬉しかったんだ。ここに来れば、いつも遥が笑顔で出迎えてくれるから。俺がどれだけ、その笑顔に癒されてきたかわかる? 奥さんの気持ちも考えろって遥は毎回言うけどさ。結婚生活なんて、遥が思ってるような綺麗なものじゃないんだよ。あの女は常に何かにイライラしてて、俺に八つ当たりするし暴言は吐くし、子供にもヒステリックに叫んで、傍から見ても見苦しいったらない。そのくせ家の外では、さも良き妻っぽく周りに愛想を振り撒いて、男には媚売って。どこまでも汚くて不快な女だ。おかえりも、いってらっしゃいの一言もない。労いの言葉すら掛けてくれない。でもここに来れば、いつでも俺の帰りを喜んでくれる恋人がいる」

 捲し立てるように紡ぐ。
 ふふ、と青木さんは無邪気に笑った。
 本当に嬉しそうに笑うから、一瞬だけ恐怖を忘れてしまった。
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