募る想いは果てしなく
 体はすでにヘトヘトだ。
 早く温かいベッドで眠りたい。
 だから帰宅の許可が下りて嬉しいはずなのに、気分は全く浮上しない。

 やっと帰れるのに帰りたくない。
 1人で眠れる気がしない。

「七瀬」

 心の何処かで待ち望んでいた声。
 はっと我に返る。
 顔を上げれば、早坂が入口から顔を覗かせていた。

 本当に戻ってきてくれたことに安堵の息を漏らす。
 緩く手を振って笑いかけた。
 どれだけ心がしんどくても、条件反射で笑顔を作ってしまうのも、もう慣れた。

「診察終わったのか?」

 私の隣に腰掛けて、早坂は上着を脱いだ。
 そのまま手元に置く。

「うん。採血の結果待ち」
「そうか」
「かなえちゃん、大丈夫そう?」
「……ショックだったと思う」

 その言葉が、心に重くのし掛かる。

「だよね……申し訳ないことしちゃったな……」

 深く頭を垂れてしまう。
 自己嫌悪で気分は下に沈んでいく。
 済んでしまった事をあれこれ言っても仕方がない。いま一番気がかりなのは、かなえちゃんのことだ。

 女が男から暴力を振るわれる、その場面に立ち入ってしまった彼女の心境を思うと胸が痛い。異性に対しての畏怖を、まだ幼いあの子に植え付けてしまった。
 その罪はきっと重い。
 今日の出来事がかなえちゃんにとって、一生消えない心の傷になってしまったら私のせいだ。

 早坂からの忠告を聞き入れていれば。
 もっと危機感を抱いていれば。
 こんな事態にはならなかったのだろうか。
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