募る想いは果てしなく
◇ ◇ ◇



 帰宅する頃には22時を回っていた。
 
 外来入口の扉を開ける。
 外の冷気が風になって、玄関に流れ込んできた。
 コートの裾がぱたぱたと扇ぐ。
 横髪が乱れ、耳元でひゅうひゅうと唸る。
 頬を強張らせる夜風は鋭く尖って冷たかった。

 病院の周辺は静寂に満ちている。
 外来を訪ねる人の姿もない。
 街灯が照らす光を頼りに、私達は駐車場へ歩き出す。

「さむいねー」
「今の気温、5度だって」
「どうりで寒いはずだわ……」
「………」

 沈黙が続く。
 うまく会話が繋げられない。
 ここまで互いにぎこちないのは、出会って以来初めてのような気がする。
 頭が全く働かなくて、何も言葉が生まれない。
 だからって無理に話題を振るのも違う気がするし、何よりも億劫だった。

 何をしても疲労を感じる。
 体が鉛のように重い。
 結局一言も発しないまま、早坂の車に辿り着いた。

「……色々ごめんね。迷惑かけて」

 助手席に乗り込んでから一言詫びる。
 私の謝罪に早坂は何も言わなかった。
 ハンドルに手を掛けたまま、車を動かす気配もない。

 重苦しい空気が車内に淀む。
 ひどくやるせない心持ちだった。
 やっぱり怒ってるのかな、呆れてるのかな。
 もう一度謝罪の言葉を口にしようとした時、早坂が急に私の方を振り向いたからどきっとした。

「今日、どうする?」
「え?」
「マンションに戻っても大丈夫か?」

 その口調に怒気は含まれていない。
 むしろ私を気遣うような、静かな優しさが滲んでいる。
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