募る想いは果てしなく
「……いや、あれは人工呼吸だって」

 頭を振って、思考を切り替えようとする。
 脳裏に浮かぶ光景を打ち消しながらリビングに戻れば、早坂が神妙な面持ちで立ち尽くしていた。

「どうしたの?」
「……あのさ。客人用の布団、今無いんだ。少し前に廃棄してたこと忘れてた」
「え」
「ベッドで寝ることになるけどいいか?」

 部屋の端に視線を移す。
 私の目がおかしくなければ、この部屋にベッドはひとつしかない。

「……一緒に寝るってこと?」
「ちょっと狭くなるけど大丈夫だろ」

 スペースの問題じゃないことを突っ込むべきだったのかもしれない。
 でも言ってしまったら、この場の空気がおかしくなりそうな気がして。喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。

「七瀬が嫌なら、俺はソファーで寝るけど」
「嫌じゃないけど……早坂こそ嫌じゃないの? 昨日ベッドに誘ったら、めっちゃ嫌そうな顔してたのに」
「……別に嫌がってない」
「あ、そうなの?」
「風呂入るわ」
「え、うん……」

 不自然に話を終わらせて、早坂はさっさ浴室へ向かってしまった。
 その背をやりきれない思いで見送る。
 人のベッドに潜り込んで待つ勇気なんてない。
 軽く伸びをして、ソファーの背にもたれ掛かった。

 ふう、とため息が漏れる。
 ひとりで意識して勝手にドキドキして。
 馬鹿みたいだ。
 早坂にとっては、あれはキスじゃなくて人工呼吸のようなものなのに。

 あの行為に、特別な意味なんかない。
 なのに勝手に勘違いされて意識されても困るよね。

 だからもう気にしない。
 一緒のベッドで寝るくらい平気。
 私達はただの同期で、友達だもん。
 何かが起こるなんて、ありえないんだから。
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