キミのために一生分の恋を歌う -first stage-
そこは多分もう数十年はありそうなリノリウムの床がキュッキュと音を立てる病院で、入口でスリッパに履き替えるのとか懐かしい感じがした。
受付に晴さんが声をかけると、そのまま奥の処置室に案内された。
待合室にはたくさんの患者さん(といってもご高齢の元気そうな人が多かった)が居る前を通り過ぎていく。

「晴、久しぶりだな」
「東条先生、ご無沙汰しております」

直ぐに50代後半くらいだろうか、白衣を着た男性の先生が処置室に顔を出す。
私の顔を見るとニコッと笑った。私はぺこりと頭を下げた。
そう言えば、看板に東条内科医院とあったのを思い出した。

「小夏ちゃん、アストマだって? ネブライザーも用意できるよ」
「うん。夜に発作が起きてるからネブライザーもお願い。まずは点滴入れる」
「ん。じゃああっちで看護師に聞いてくれたら必要な薬剤出せるから。じゃあ、小夏ちゃんはそこに寝ころがってね」

晴さんは看護師さんの所へ行き、東条先生に言われるがまま、私はベッドに横になった。東条先生は聴診器を付ける。

「状態を確認したいから。僕にも少し診させて貰えるかい?」
「分かりました。お願いします」

何とも不思議な感じだけど、優しさの中に決して揺らがないものがあって、私は拒否することもできず大人しくしていた。
いつもの聴診のあと、血液検査、酸素や脈拍、血圧、目の下を引っ張られたり色々確認していた。
そのうち、晴さんが点滴を持ちながら戻ってくる。

「喘鳴が結構あるね。あと貧血。脱水もあるね」
「はい、ここ最近はいつもです。小夏、東条先生は僕なんかよりずっとえらい先生だからな、しっかり言うこと聞くこと」
「うん、すごく大人しくしてた」
「借りてきた猫だな」
「じゃあ小夏ちゃん、また何かあればいつでも来てね」
「ありがとうございました」

東条先生はその後も晴さんにずいぶん長く話をしていたけど何を言っているのかはよく聞き取れなかった。
やがて、鉄剤も持ってこさせるからと後ろに消えていった。

「とりあえず点滴入れる。これで多少楽になるはずだから」

晴さんの近くに腕を出すように促され、私は従う。
駆血帯が巻かれアルコールの匂いがして、その後すぐにチクリとした痛みが走る。
手馴れたものだなぁとぼんやり見ていた。

「小夏はこういう時、騒がなくて楽だ」
「抵抗するのも疲れるからね」
「小夏は頭がいい」
「失礼します。こちら鉄剤です」

そこに看護師さんが現れ、渡された小さな点滴を晴さんは追加で繋げ直した。
ふたつに増えた点滴を見てゲッソリとするけど、これが終わらない限り晴さんは許してくれないだろう。

「気分は悪くないか」
「大丈夫」
「よかった。あとは僕がそばで見ているから小夏は寝てていいよ」
「そうする。おやすみなさい」
「おやすみ、小夏」

晴さんが居れば、私はどこでも大丈夫。
言われるがままゆっくりと目を閉じ休むことにした。
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