ショパンの指先
何よりも大切で、弾いてないと生きている実感が湧かない。ピアノは俺自身だ。ピアノを弾いてないと、俺は俺でいられない。ピアノがないと駄目だ。
『別れの曲』を弾き終えると、心地よい疲労感が残った。指は昔のようには動かなかったが、身体の細胞一つ一つがピアノを覚えていて、喜びに震えていた。
顔を上げると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。驚いて周りを見渡すと、店内だけでなく外にまで大勢の人達が取り囲むように立ち聴いていて、俺に賛美の拍手を惜しげもなく与えてくれた。
全く気付かなかった、こんなに大勢の人達が俺の演奏を聴いてくれていたなんて。驚きの後に、じわじわと嬉しさが込み上がってきた。これだ、俺はずっと、この感覚に飢えていた。ピアノを弾く喜び。人々からの賞賛。これが俺の生きる原動力だ。
喜びに胸を熱くしているところに、綺麗な声が降ってきた。
「とてもいい演奏をするのね」
話し掛けてきた女性を見た瞬間、時間が一瞬止まった気がした。息が詰まり、目を見開いた。話しかけてきた女性の顔が、死んだ母の顔と重なったからである。
「ん? どうかした?」
話し掛けてきた女性は、目を見張り驚きに青ざめている俺を見て、可愛らしく小首を傾げた。
よく見れば全くの別人だった。ただ、目の形とか髪の毛とか、笑い方の雰囲気が若い頃の母に似ているような気がした。けれど、そっくりというわけではなく、どうして死んだ母が甦ったと思うくらい似ていると感じたのか不思議だった。きっと、母のことを想って演奏していたから、脳が誤認してしまったのだろう。俺は単純にそう考えた。
「いえ、なんでもないです」
「あなた間近で見れば見るほど綺麗な顔をしているのね。どう、私の店でピアノを弾かない? 報酬は弾むわよ」
『別れの曲』を弾き終えると、心地よい疲労感が残った。指は昔のようには動かなかったが、身体の細胞一つ一つがピアノを覚えていて、喜びに震えていた。
顔を上げると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。驚いて周りを見渡すと、店内だけでなく外にまで大勢の人達が取り囲むように立ち聴いていて、俺に賛美の拍手を惜しげもなく与えてくれた。
全く気付かなかった、こんなに大勢の人達が俺の演奏を聴いてくれていたなんて。驚きの後に、じわじわと嬉しさが込み上がってきた。これだ、俺はずっと、この感覚に飢えていた。ピアノを弾く喜び。人々からの賞賛。これが俺の生きる原動力だ。
喜びに胸を熱くしているところに、綺麗な声が降ってきた。
「とてもいい演奏をするのね」
話し掛けてきた女性を見た瞬間、時間が一瞬止まった気がした。息が詰まり、目を見開いた。話しかけてきた女性の顔が、死んだ母の顔と重なったからである。
「ん? どうかした?」
話し掛けてきた女性は、目を見張り驚きに青ざめている俺を見て、可愛らしく小首を傾げた。
よく見れば全くの別人だった。ただ、目の形とか髪の毛とか、笑い方の雰囲気が若い頃の母に似ているような気がした。けれど、そっくりというわけではなく、どうして死んだ母が甦ったと思うくらい似ていると感じたのか不思議だった。きっと、母のことを想って演奏していたから、脳が誤認してしまったのだろう。俺は単純にそう考えた。
「いえ、なんでもないです」
「あなた間近で見れば見るほど綺麗な顔をしているのね。どう、私の店でピアノを弾かない? 報酬は弾むわよ」