ショパンの指先
 嬉しかった。突然私たちの前から姿を消した洵の行方が、このような喜ばしい形で知ることができて感動した。凄いよ、洵。かっこ良すぎるよ。

「会いに行ったら? コンクール主催者に聞いたら、洵の居場所が分かるかもしれない」
「え?」

 ……会いに行く。全く分からなかった洵の消息。会いたいけれど、怖い気もする。会っても、なんて声を掛けたらいいか分からない。今の私は、洵のお荷物にしかならない。こんな大事な時期に、洵の邪魔はしたくない。

「会わないわ。会いに行っても、迷惑だと思うし」
「じゃあ、もしも洵から会いにきたら?」
「そんなことあり得るはずないじゃない」
「もしもよ」
「そうね……」

 そのまま私は黙り込んだ。その後に続く言葉を完全に見失っていた。

 もしも洵に会えたら。会えたら……。私は一体、どうするのだろう。
 
 私は家に帰るとすぐにネットで洵のことを調べた。遠子さんから貰った紙の内容は、日本ショパン協会のHPに記載されていた文面をそのまま印刷したものだった。

 桐谷洵の名前で調べると、過去に洵が受賞した様々なコンクールが出てきた。けれど、現在の洵のことが分かる記事は日本ショパン協会のHPに載ったあの文面以外は出てこなかった。

 私はそれから数日間、洵の名前が記載されているあの紙を片時も離さず生活していた。バイト中もこっそりポケットの中に入れて持ち歩いていたし、寝る時も枕の横に置いていた。その紙は、私をとても嬉しい気分にさせてくれ、懐かしく愛おしいもののようにも感じさせた。
< 167 / 223 >

この作品をシェア

pagetop