ショパンの指先
しかし、その一方で突然気分が沈み込むこともあった。自分でも、この気持ちの正体がなんなのか分からないので、なかなか気分を変えることができなかった。

 私は一体何をしているのだろうと、思索にふけることが多くなり、突然意味もなく叫びだしたくなったりもした。ただ普通に生活しているだけなのに、全てが嫌になって一人で泣き出すこともあった。情緒不安定な時期が続き、眠れぬ夜がまた一つ増えていった。

 そんな時、珍しく早めに睡魔がひたひたと寄ってきて、眠りに落ちようとしていた際、普段滅多に鳴らない着信が大きな音を立てて私を無理やり目覚めさせた。

 ディスプレイには古賀優馬と表示されていた。……古賀優馬? 眠りから完全に覚めきっていなかった私は、誰だろうと思いつつ電話に出た。

「はい」
「あ~良かった。起きていたのね」
「寝ていたけど……、もしかして優馬?」
「そうよ、誰だと思ったのよ」

 フルネームで覚えていなかったので、表示を見ただけではアマービレの優馬だとは分からなかった。

「なんで私の番号知っているの?」
「あんたが酔っぱらって勝手に番号交換したからでしょうよ!」
「ああ、そうだったっけ。で、何よ、こんな時間に」
 時計を見ると深夜0時を過ぎていた。アマービレはもう閉店しているはずだ。
「ちょっとあんたにお願いがあって電話したのよ」
「お願い?」
「今日、ラストまで働いてくれるバイトの子が急に休んじゃって、閉店作業に時間がかかりそうなのよ。手伝いに来てくれない?」
「はあ? なんで私が」
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