ショパンの指先
「彼氏と会う約束しているから早く帰りたいのよ。手伝ってくれてもいいでしょ!」
「嫌よ、私だって明日仕事があるのよ」
「ちょっとくらい遅刻しても、あんたの所の店長なら許してくれるでしょ」
「だからってなんで私が今から手伝いに行かなきゃいけないのよ」
「あらそう、なら今までの分のツケ、すぐに払ってちょうだい」
「なにそれ、卑怯よ!」
「なにが卑怯よ、困った時はお互い様。早く来てね。じゃ~ねぇ」

 そう言って電話は切れた。私は繋がらなくなった携帯を見つめ唖然とした。なんて横暴な奴なの! 誰が手伝いになんか行くか! と思い布団を頭から被って丸くなった。

 けれど、もう頭は冴え眠ることはできなさそうだった。それに、優馬には散々世話になっているし、迷惑も掛けている。こんなことでしか恩返しはできないかも、と私にしては珍しく殊勝な考えが頭を過り、覚悟を決めて起き上がった。

 仕方ない、手伝いに行ってやるか。私は簡単に身支度を整えて家を出た。

 アマービレに着くと、店内は照明が落とされ、非常灯の明かりだけが足元を照らす唯一の道しるべだ。

「優馬~」

 暗闇で周りが見辛いので、そろそろと忍者のように歩を進めながら、小さな声で名前を呼んだ。暗いところで大きな声で誰かを呼ぶのは、なんだか勇気が入る。

 優馬を探し店内に入っていくと、綺麗なピアノの音色が聴こえてきた。きっと有線を消し忘れたのだろうと思い、特に気にしなかった。

「優馬、どこにいるの?」
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