ショパンの指先
私はカウンターに手をつきながら、及び腰で進んでいた。その時、暗闇の中でピアノを照らすライトが、ほんのり付いていることに気が付いた。その様子はまるで、ピアノだけが闇の中に浮かび上がっているようだった。
ピアノはノクターン第20番を奏でていた。
映画『戦場のピアニスト』で使用されたとても有名な曲だ。抒情的で切なく、そして悲しいほどに美しい曲。
その美しいピアノの音色に、私はここがどこであるのかを忘れ聴き入ってしまった。それほど魅力的な素晴らしい音だった。
曲が終わった後も、数秒間は余韻が残り、私は別の世界にいるようだった。余韻までもが、彼の音楽だった。その場の雰囲気さえも自在に操り、聴く者を自分の世界に連れて行く、神がかった演奏だった。
「洵……」
私が小さく名前を零すと、洵はゆっくりと振り返り、私を見据えて軽く微笑んだ。
どうしてすぐに、洵が演奏しているピアノの音色だと気付かなかったのか。それは、ここに洵がいるはずがないという先入観が邪魔したわけではない。私は何度も洵の演奏を聴いている。だから洵が紡ぎ出すピアノの音色は、耳と心の奥深くにしっかりと刻み込まれている。
それなのに、この演奏が洵によるものだと気が付かなかった。それは決して音を忘れていたからではない。洵のピアノの音色が変わっていたのだ。
以前の洵の演奏は、鬼気迫るものがあったり、圧迫感だったり、それはそれでとても魅力的で迫力あるものだったのだけれど、ショパンの世界観を表現したものではなかった。洵自身の心の葛藤が音に反映されていた。
しかし、先程の演奏は余計な力が何も入っておらず、すんなりと心に染み入ってくる。今までは洵自身が主役だったのが、音が主役になり、音が単独で世界観を作り上げているような、そんな演奏だった。
そして、洵自身も変わっていた。
ピアノはノクターン第20番を奏でていた。
映画『戦場のピアニスト』で使用されたとても有名な曲だ。抒情的で切なく、そして悲しいほどに美しい曲。
その美しいピアノの音色に、私はここがどこであるのかを忘れ聴き入ってしまった。それほど魅力的な素晴らしい音だった。
曲が終わった後も、数秒間は余韻が残り、私は別の世界にいるようだった。余韻までもが、彼の音楽だった。その場の雰囲気さえも自在に操り、聴く者を自分の世界に連れて行く、神がかった演奏だった。
「洵……」
私が小さく名前を零すと、洵はゆっくりと振り返り、私を見据えて軽く微笑んだ。
どうしてすぐに、洵が演奏しているピアノの音色だと気付かなかったのか。それは、ここに洵がいるはずがないという先入観が邪魔したわけではない。私は何度も洵の演奏を聴いている。だから洵が紡ぎ出すピアノの音色は、耳と心の奥深くにしっかりと刻み込まれている。
それなのに、この演奏が洵によるものだと気が付かなかった。それは決して音を忘れていたからではない。洵のピアノの音色が変わっていたのだ。
以前の洵の演奏は、鬼気迫るものがあったり、圧迫感だったり、それはそれでとても魅力的で迫力あるものだったのだけれど、ショパンの世界観を表現したものではなかった。洵自身の心の葛藤が音に反映されていた。
しかし、先程の演奏は余計な力が何も入っておらず、すんなりと心に染み入ってくる。今までは洵自身が主役だったのが、音が主役になり、音が単独で世界観を作り上げているような、そんな演奏だった。
そして、洵自身も変わっていた。