ショパンの指先
 前の洵は、少し幼さというか生意気さというか、思春期の男の子のような繊細で尖った部分が見え隠れしていた。しかし、今目の前にいる洵は、とても落ち着いていて大人の色気に溢れている。背は前から高かったけれど、こんなに大きかったっけ? と思うほど、手も足も身体つき全てが大きく見える。

 以前の洵は演奏している時に色気が溢れ出ていたけれど、今の洵はただそこにいるだけでフェロモンが溢れ出ている。しかも以前よりも濃密な大人の色気だ。

 洵が瞬きをしたり、少し身体を動かしたりするだけで、視線が洵に集中してしまう。ドキドキして、見られているというだけで、とても緊張する。

「久しぶり」

 洵の声は以前と何も変わっていないはずなのに、胸にズシンと響くような色気を含んでいた。声色の「色」が変わったのだ、きっと。低くてよく透る、とてもいい声だ。声を聞いただけで、子宮が熱くなるくらい、声までセクシーになっていた。

 目の前にいる人物が、洵ではないように思えて、私はうろたえ緊張し、言葉を発することができなかった。

 洵は立ち上がり、一歩一歩私に近付いてきた。視線を下げる目の動きも、歩く仕草も、全てがセクシーで、同い年なはずなのに、ずっと年上に見えた。

 私は後ずさり、腰にカウンターの台が当たった。洵の足が、私の足に触れる。

「近いよ……」
「照れているの? 珍しい」

 洵は妖艶な笑みを浮かべた。あまりにも魅力的すぎて顔を直視できず、カウンターに両手をつきながら俯いた。

「杏樹、顔を上げて」
「嫌よ」
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