ショパンの指先
「……強がりな女ね」

 椅子一つ分空けて隣に座っている遠子さんがボソリと呟いた。

 私は溢れ出てくる涙を拭って、大きく深呼吸した。涙を止まるまでに三回ほど深呼吸をしなくてはいけなかった。

「遠子さん、ちょうど良かった。お願いがあります」
「お願い?」

 遠子さんは渋面顔で、私の方に顔を向けた。

「アマービレで働かせてもらえないでしょうか」
「はあ!?」

 私のお願いに真っ先に声を上げたのは、優馬だった。さっきまでもらい泣きしそうなほど私の言葉に真剣に耳を傾けていてくれたのに、今は思い切り嫌そうな顔をしている。

「一生懸命考えました。私も真剣に働かなきゃなって。今のままじゃいけないと思ったからです。でも、私は根っからの甘ったれだから、決意がすぐに揺らぎそうになる。だから、アマービレで働かせてもらったら、くじけそうになる時ピアノを見て洵を思い出したら頑張れそうな気がするから」

「待って、私は反対よ。杏樹のことは友達としては好きだけど、仕事仲間になるのは最悪よ。嫌な客が来たら思いっきり顔に出すし、遅刻や無断欠勤するような女よ。店長として、杏樹を雇うことはできない」

「一分でも遅刻したらクビにしてくれて構わないから! 今働いているスタッフ以上に厳しく指導されても、耐え切ってみせる! 私、死ぬ気で働くから!」

「それだけの決意があるなら、他でもやっていけるわよ」

「ここがいいのよ!」

 優馬と睨み合っていると、遠子さんが静かに口を開いた。
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