ショパンの指先
けれどいつまでも同じことで怒られている自分が悔しくて、オーダーを聞いて最後に客の目を見てニコリと笑ったら、そのお客に大層褒められた。そのお客さんは、年配の女性だった。
歳若い女の子たちからは、かっこいいだのクールだのと言われ、好感を持たれることはあったけれど年配の女性には、嫌われるのが常だった。生意気だの愛想がないだの言われ、顔を顰められる。だから、気に入ってもらえたことが奇跡のように珍しく、そしてとても嬉しかった。
喜びを噛みしめていると優馬に手招きされた。いつも手招きして呼び出される時は叱られる時なので、喜びはすぐに萎んでなくなってしまった。しかし、優馬から言われたのは意外な言葉だった。
「やるじゃない。さっきの笑顔、良かったわよ」
初めての褒め言葉に、私はすぐに褒められたのだと気が付かなかった。ホールに戻って、優馬の言葉を頭の中で反復してようやく褒められたのだと分かった。足元がふわふわして、胸の奥がくすぐったかった。そういえば、私は人生の中で褒められたことがほとんどなかったと思い出した。
がむしゃらに頑張ることも、どんなに怒られても感情を抑えて堪えることも、褒められて喜ぶことも、全てが新鮮で初めてのことばかりのような気がした。
単純な私は、褒められたのが嬉しくてそれからは、オーダーの最後に必ず客の目をしっかりと見て笑顔を作ることを心掛けた。それまで笑顔は媚びを売ることだと思って毛嫌いしていたけれど、笑顔になるだけでその場の空気が和んで、初対面でもぐっと心が近付くのだと感じた。
「綺麗だね」と言われても、「まあね、知っているわ」と心の中で思わなくなった。素直に嬉しいと思えるようになった。
顔や身体で男を手玉に取ったように錯覚して世間を渡り歩いてきたからこそ、もう顔を武器にして生きたくはないと思っていたけれど、全てひっくるめて私なのだと受け入れることができるようになってきた。
顔が武器だと思うなら、存分に使えばいい。それで好感が持たれて、仕事が上手くいくのなら使わない手はない。
けれど、私ももう笑って誤魔化せる歳ではないので、あくまで笑顔はオプションで、その他のことを完璧にこなしてこそ、笑顔が生かさせるのだと学んでいった。
生まれたての雛のように、アマービレで働く一日一日が、新鮮で鮮やかな学びの時間だった。
歳若い女の子たちからは、かっこいいだのクールだのと言われ、好感を持たれることはあったけれど年配の女性には、嫌われるのが常だった。生意気だの愛想がないだの言われ、顔を顰められる。だから、気に入ってもらえたことが奇跡のように珍しく、そしてとても嬉しかった。
喜びを噛みしめていると優馬に手招きされた。いつも手招きして呼び出される時は叱られる時なので、喜びはすぐに萎んでなくなってしまった。しかし、優馬から言われたのは意外な言葉だった。
「やるじゃない。さっきの笑顔、良かったわよ」
初めての褒め言葉に、私はすぐに褒められたのだと気が付かなかった。ホールに戻って、優馬の言葉を頭の中で反復してようやく褒められたのだと分かった。足元がふわふわして、胸の奥がくすぐったかった。そういえば、私は人生の中で褒められたことがほとんどなかったと思い出した。
がむしゃらに頑張ることも、どんなに怒られても感情を抑えて堪えることも、褒められて喜ぶことも、全てが新鮮で初めてのことばかりのような気がした。
単純な私は、褒められたのが嬉しくてそれからは、オーダーの最後に必ず客の目をしっかりと見て笑顔を作ることを心掛けた。それまで笑顔は媚びを売ることだと思って毛嫌いしていたけれど、笑顔になるだけでその場の空気が和んで、初対面でもぐっと心が近付くのだと感じた。
「綺麗だね」と言われても、「まあね、知っているわ」と心の中で思わなくなった。素直に嬉しいと思えるようになった。
顔や身体で男を手玉に取ったように錯覚して世間を渡り歩いてきたからこそ、もう顔を武器にして生きたくはないと思っていたけれど、全てひっくるめて私なのだと受け入れることができるようになってきた。
顔が武器だと思うなら、存分に使えばいい。それで好感が持たれて、仕事が上手くいくのなら使わない手はない。
けれど、私ももう笑って誤魔化せる歳ではないので、あくまで笑顔はオプションで、その他のことを完璧にこなしてこそ、笑顔が生かさせるのだと学んでいった。
生まれたての雛のように、アマービレで働く一日一日が、新鮮で鮮やかな学びの時間だった。