ショパンの指先
洵はあまりにも私に影響を強く残しすぎた。洵が放つ引力に私は抗うことができないかもしれない。だってまだこんなにも好きだから。今でも自分から別れを言った時の傷が癒えていない。洵を見てしまったら、正気でいられる自信がなかった。
遠くで下を向きながら歩いてくる女の人が見えた。そのシルエットに既視感をおぼえて私は立ち止まった。じっと見つめる私の視線に気が付いたのか、その女の人は顔を上げた。
いつもと雰囲気が違うのは、化粧をしていないからだろうか。一瞬、誰か分からなかった。
「お久しぶりです、遠子さん」
私が話し掛けると、遠子さんは一瞬驚いた表情をしてそれから少し罰の悪そうに目線を泳がせた。会釈してそのまますぐに通り過ぎた方がいいだろうかと思ったけれど、私は遠子さんにどうしても聞きたいことがあった。
「あの……」
言うべきか言い淀んでいると、珍しく遠子さん自身から私に近付いてきて「なに?」と言った。
「洵のコンサート、遠子さんは行きますか?」
遠子さんは、ああ、そんなこと、とでも言いたげに間を置いてはっきりと答えた。
「行かないわ」
「どうしてですか?」
予想外の返答に私は身を乗り出して聞いた。遠子さんは絶対に行くと思っていたからだ。
「私、妊娠しているの」
「え?」
私はつい調子外れな声を出してしまった。慌てて、「あ、それは、おめでとうございます」と言い直した。遠子さんは特に嬉しそうな表情も見せずに「ありがとう」と平淡な声で返した。
遠くで下を向きながら歩いてくる女の人が見えた。そのシルエットに既視感をおぼえて私は立ち止まった。じっと見つめる私の視線に気が付いたのか、その女の人は顔を上げた。
いつもと雰囲気が違うのは、化粧をしていないからだろうか。一瞬、誰か分からなかった。
「お久しぶりです、遠子さん」
私が話し掛けると、遠子さんは一瞬驚いた表情をしてそれから少し罰の悪そうに目線を泳がせた。会釈してそのまますぐに通り過ぎた方がいいだろうかと思ったけれど、私は遠子さんにどうしても聞きたいことがあった。
「あの……」
言うべきか言い淀んでいると、珍しく遠子さん自身から私に近付いてきて「なに?」と言った。
「洵のコンサート、遠子さんは行きますか?」
遠子さんは、ああ、そんなこと、とでも言いたげに間を置いてはっきりと答えた。
「行かないわ」
「どうしてですか?」
予想外の返答に私は身を乗り出して聞いた。遠子さんは絶対に行くと思っていたからだ。
「私、妊娠しているの」
「え?」
私はつい調子外れな声を出してしまった。慌てて、「あ、それは、おめでとうございます」と言い直した。遠子さんは特に嬉しそうな表情も見せずに「ありがとう」と平淡な声で返した。