ショパンの指先
ショパンの曲のどれもが思い出深いものばかりで、何度も昔を思い出しては涙が溢れてきた。

アマービレで洵の演奏を聴きながら絵を描いたこと。その頃の映像が、頭に浮かんできてまるでタイムスリップしているかのようだった。

楽しかった、幸せだった、大好きだった。ずっと側で洵の演奏を聴いていられると思っていた。

特別な関係じゃなくても、身体を重ねなくても、側で洵の演奏が聴けるならそれでいいと思っていたあの頃。永遠だと思っていた大切な時が、失ってしまうなんて思いもしなかった。たった一年しか経っていないけれど、あの頃の私たちはとても若かったように思う。

洵がエオリアンハープを弾き始めた。会場内に爽やかな草原の風が吹きわたる。

エオリアンハープを聴いた瞬間、ああもう駄目だと思った。涙腺がついに崩壊した。

洵の家に初めて行った時、洵はエオリアンハープを弾いてくれた。その時私たちは確かに同じ風景の中にいた。自分たちを傷つける社会や人間たちから隔離されて、二人だけの世界に浸っていた。居心地がとても良かった。ずっと昔から一緒にいた兄弟や幼なじみのように、私たちは同じ空気を身に纏っていた。

私たちはとてもよく似ていた。見えない傷を負いながら、二人で肩を寄せ合って傷を舐め合うようにずっと一緒にいた。

お互い知らずに依存し合いながら、同じ世界を見ていたね。いつか夢を掴んで見返してやろうって。誰を見返してやりたいのか分からなかった。恐らく理不尽な社会全てに。高慢で小狡い大人たちに。

傍から見れば私たちも成人を越えて、大人の仲間入りをしていたのに、大人が怖くて憎くて仕方なかった。

一人で生きている気になっていたけど、本当はずっと寂しかった。孤独だった。

そして同じ孤独を抱える私たちは、いつしかお互いがなくてはならない存在になっていた。

洵は引く手数多の世界的なピアニストになって、世界中が洵を求めているけれど、どうしてだろう。洵の演奏はまだどこか少し寂しげだ。

あなたはまだ、孤独を抱えているの? 私は……。
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