ショパンの指先
 洵が困った様子で言うと、会場内から「聞きた~い」という声が上がった。

「ほら、皆さん興味津々ですよ。ちょっとだけならいいですか?」
「まあ、答えられる範囲なら」

 洵は苦笑いしながら言った。なんて不躾な質問をするのだろうと思った。洵だって困っているじゃないか。洵の性格上、あまりチヤホヤされ、アイドル的な扱いをされるのは好きではないはずだ。それに何より、私が洵の恋愛話なんて聞きたくない。

「じゃあずばり聞きますね。恋人はいますか?」

 ああ、もう最悪だ。一番聞きたくない質問。今すぐ階段を駆け下りて、司会者のマイクを奪い取ってやりたい。

「残念ながらいませんよ」

 会場内が盛り上がる。洵の答えにほっと安堵している自分がいた。こんな公の場での質問なんて嘘をついている可能性の方が高いのに。それでも洵の口から「いる」と答えられたら、しばらく立ち直れなかっただろう。嘘でも何でも、いないと言ってくれて良かった。

「あと、最後に一つだけ。好きなタイプの女性はどんな人ですか?」
「好きなタイプ……そうですね、特に意識したことはないのですが。あえていうなら仔犬のワルツみたいな女性かな」

 ……目の前が、一瞬真っ白になった。

「それはどういう女性ですか」

 司会者は笑いながら聞く。私は胸が大きくドクンドクンと唸り、足が震えてきた。

「俺のことバカみたいに追っかけてくる奴」
「あ、いいのですかそんなこと言っちゃって。これから追っかけが増えますよ」
「ああ、そうか。それは困るな。今の撤回で」
「要するに、桐谷さんは追いかけられたいタイプなのですね」
「いや、そういうわけでもないのですが」
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