ショパンの指先
洵がいなくなったあの日。どれほどの絶望が私を支配したか。あの蕩けるような甘い一夜のせいで、洵からピアノを奪ってしまったと知った時の、全身が凍えるような恐ろしさ。
必死で自分を鼓舞し、震える足で立ち続け、現実から目を背けるように後悔しないと何度も自分に言い聞かせた。そうしないと、壊れてしまいそうだったからだ。
洵が好きだから。好き過ぎるから、だから怖い。幸せになるのが、怖くてたまらない。
身体が、震える。手を伸ばそうとするけれど、やはりすぐに引っ込めてしまう。そんな私に、洵は優しく語りかけた。
「なあ、杏樹。一年って、言葉で聞くとあっという間だけど、すごく、長いよな。杏樹に会えなかった一年は、なんだか心にぽっかり穴が空いたようで、その穴を埋めるように、がむしゃらに仕事した。身体が壊れるかと思うくらい、とにかく考える時間をなくしたかった。杏樹のことを思い出したら、どうしようもなく会いに行きたくなるから。最後に会ったあの日、まさか杏樹に断わられるとは思ってなかった。凄く動揺した。でも、考えてみれば、そりゃそうだよなって思った。俺は理由も何も言わずにいなくなったから。独りよがりな正義感だとか、誠実さを押し付けて、杏樹の気持ちを置き去りにしていた。いっぱい傷つけたよな、ごめんな」
私は涙を堪えて、首を左右に振った。洵を責める気持ちなんてない。責めるとしたら、私自身だ。
必死で自分を鼓舞し、震える足で立ち続け、現実から目を背けるように後悔しないと何度も自分に言い聞かせた。そうしないと、壊れてしまいそうだったからだ。
洵が好きだから。好き過ぎるから、だから怖い。幸せになるのが、怖くてたまらない。
身体が、震える。手を伸ばそうとするけれど、やはりすぐに引っ込めてしまう。そんな私に、洵は優しく語りかけた。
「なあ、杏樹。一年って、言葉で聞くとあっという間だけど、すごく、長いよな。杏樹に会えなかった一年は、なんだか心にぽっかり穴が空いたようで、その穴を埋めるように、がむしゃらに仕事した。身体が壊れるかと思うくらい、とにかく考える時間をなくしたかった。杏樹のことを思い出したら、どうしようもなく会いに行きたくなるから。最後に会ったあの日、まさか杏樹に断わられるとは思ってなかった。凄く動揺した。でも、考えてみれば、そりゃそうだよなって思った。俺は理由も何も言わずにいなくなったから。独りよがりな正義感だとか、誠実さを押し付けて、杏樹の気持ちを置き去りにしていた。いっぱい傷つけたよな、ごめんな」
私は涙を堪えて、首を左右に振った。洵を責める気持ちなんてない。責めるとしたら、私自身だ。