ワケありニートな年下ワンコを飼いました
「あの、私はもう、帰りますね」
「本当に気にせず、ゆっくり飲んでください。涼介さんも、そう言っていたし」

 武内くんは、丁寧に拭いた椅子をひっくり返して、テーブルの上へ載せている。閉店作業をしている横でゆっくりなんて、できるわけないじゃない。

「だけど私がいたら、あなたが帰れないでしょう?」
「大丈夫ですよ。僕、ここで寝泊まりしているから」
「え、お店で? 家には帰らないの?」
「家、ないので」

 しまった。触れてはいけないことだったのかも。
 ……と、思ったけれど。武内くんは、あっけらかんとした表情をしている。

「本当は、家に来ていいって涼介さんは言ってくれているんですけど……身重の奥さんがいるし、負担をかけたくないから。部屋が見つかるまで、ここに居させてもらっています。近くに銭湯があるし、寝袋は結構気持ちいいし。特に不便なことはないんですよ。暖房は消すから、少し寒いけど」

 そういうことではなくて、どうして家がないのかが気になるんだけど。マスターのお兄さんって、神奈川在住だったような。近いのに、なぜ実家へ帰らないの?
 さすがに、そこまで込み入ったことは訊けない。だけど無性に気になる。

 テキパキと椅子を片付けると、武内くんが空いたグラスを下げて、にっこり微笑んだ。

「座ってください。もう1杯、飲みましょう」

 その人懐こい瞳に、私は思わず頷いて、椅子に腰かけた。
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