ぼくらは群青を探している
「……思う間もなく色んな感情が桜井くんと雲雀くんに持って行かれました」

「はは、そっかそっか。入学式に庄内先輩が来たんだったね」


 そして、案の定、屋上の扉には「立入禁止」と貼紙がしてあった。さび付いた古い鉄扉には古いセロハンテープがくっついているけど、それに比べると貼紙は少し新しい。きっと破れたり落書きされたりで何度も貼り直しているのだろう。……今もこうして能勢さんが我が物顔で鍵を開けているけれど。

 初めて踏み入れる屋上は、想像していたよりも綺麗だった。原則立入禁止だということを考えれば、誰にも何の手入れもされず、雨風に晒されるがままに汚れているものだとばかり思っていたけれど、一見するとただ広いだけのコンクリートの床だった。なんなら、能勢さんがいつも煙草を吸っているというのにその痕跡すらない。


「……能勢さんがお掃除してるんですか?」

「まさか。そりゃ、多少手すりを拭いたりはするけどね。普通に座ると汚いと思うよ」


 屋上の扉の手前に掃除用具入れがあったことを思い出した。屋上の掃除用ではなく屋上に至るまでの階段の手入れ用なのだろうけれど、きっとそれを使っているのだろう。

 ヒュオッと風が吹き、スカートがバタバタッとはためいた。慌てて押さえながら能勢さんを見たけど、手すりに寄りかかって、風に背を向ける形で煙草を咥え、ポケットからライターを取り出しているところだった。危なかった。

 でも私のスカートが捲れたことには気づいていたらしい、火をつけると顔を上げて「女の子はあんまり来ないほうがいいかもね」と暗に注意を促された。


「……能勢さんは屋上に女の子を連れてこないんですか?」

「屋上のことなんだと思ってるの? ……ああそうか、そういうこと」急に能勢さんは納得した返事をしながら「俺、結構一人が好きなんだよ。三国ちゃんに声かけたのはね、たまたま横にいたから。みんな俺が屋上で煙草吸ってるなんて知らないよ」


 ……女の子に夢を売るためだろうか。好きな人には煙草を吸わないでいてほしいけど、それは私が煙草の臭いを嫌いだからそう思うだけかもしれない。


「さっきの蛍さんの話だけどさ」

「ああ、誕生日の」

「三国ちゃん、桜井くんには誕生日プレゼントあげたの?」


 ……そうやって、また能勢さんは私を見透かす。デジャヴだと思ったら、体育祭で蛍さんの元カノさんから助けてもらったときと同じだ。あの時も、能勢さんは見張りと称して私を連れて行って、暫く話し相手にした。

 もしかしたら、今日も桜井くんの話を──いじわるをしようとして、私を屋上に連れてきたのかもしれない。


「……あげてないです」

「なんで? 雲雀くんにしかあげなかったんなら、桜井くん拗ねちゃってるでしょ」


 ……昨日も今日も、桜井くんは何も言わなかった。様子にも何も変わったところはなかった。

 でもいつだって、私は相手を理解していない可能性を充分すぎるほど残している。そして能勢さんはきっと私と真逆だ。ということは、何も言わなかったことは、まさしく拗ねていたという事実を裏付けるのだろうか。


「……どうなんでしょう。あげるつもりはあったんですけど」

「あれ、そうなの」

「……クッキーを用意してたんですけど、あげる直前に、桜井くんはクッキーが嫌いだと聞いてしまって。それで……」

「へーえ、桜井くんが。なんでも食べるイメージあるのにね、意外」


 ふー、と能勢さんは煙と息を吐き出す。


「それであげなかったんだ」

「……まあ」

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