(マンガシナリオ)九条先生の恋愛授業
6話
○くるみの家・自室
真剣な顔で姿見の前で支度をするくるみ。制服に袖を通し、髪を整え、色付きのリップと睫毛を軽くカールさせてマスカラを塗る。
くるみ(校則でメイクは禁止されてるけど、今日は土曜日だから。)
母の声「くるみー?早く朝ご飯食べなさーい。」
くるみ「はーい。」
最後に制服のスカートの裾を叩く。
くるみ(私なんかが高柳くんの試合を見に行ってもいいかってまだ思ってるけど……)
深呼吸をしてから部屋を出るくるみ。
くるみ(翠ちゃんがいるから大丈夫。)
○くるみの家・リビングダイニング(午前8時半)
くるみの母「学校に行くの?」
くるみ「うん。友だちと約束していて。」
朝食のクロワッサンを齧りながら返事をするくるみ。
くるみの母「日曜日に珍しいわね。」
くるみ「ちょっとね……。」
くるみ(お母さんに高柳くんのことは、さすがに言えないなー。)
くるみの母「昼ご飯がいるかどうか、また連絡してね。」
くるみ「分かった。」
○学校・グラウンド
校門の植え込みのところで、くるみを待つ翠の姿。
くるみ「翠ちゃーん!」
翠「くるみちゃん!おはよう。」
挨拶を交わす二人。
翠「行こう。もうアップしてると思う。」
並んで校門から校舎へと続く石畳の道を歩く二人。途中で道に沿ってベンチと花壇が並ぶところがある。その前がフェンスを挟んでグラウンドになっている。
グラウンドには翠が言う通り、アップをするサッカー部の姿がある。
くるみ「颯斗くん、喜んでた?翠ちゃんが試合に来てくれること。」
翠「多分……昨日の夜、わざわざうちに来て勝つから見ててって言われた……」
顔を真っ赤にして俯く翠。
翠「って、私の話はいいの!!くるみちゃんも高柳くんのカッコいい姿が一杯見られると思うよ。」
二人でフェンスの前までやって来る。相手のチームもすでに来ていて、赤と黒の縦ストライプのユニフォームを着たチームと青一色のユニフォームを着たチームがいる。
翠「うちの学校、どっちだっけ?」
翠が首を傾げる。
くるみ「そう言えば私も高柳くんから聞いてないや。」
どちらのチームも目で追っていた二人の元に、青いユニフォームを着た男子二人が駆け寄ってくる。
颯斗「本当に来てくれたんだ。」
フェンス越しに翠に話しかける颯斗。ふわふわの柔らかな髪に可愛らしい笑顔が特徴的な男の子。
翠「何?疑っていたの?」
そんな二人を見つめていたくるみと蓮は同じタイミングで「仲良いねぇー」と呟く。
そうして二人で顔を見合わせて笑ってしまう。
蓮「今日は来てくれてありがとう。」
くるみ「ううん。こちらこそ誘ってくれてありがとう。私、サッカーのルールとか全然分かってないんだけど大丈夫かな?」
蓮「うーん……じゃあさ、この色。」
蓮が自分のユニフォームの裾を引っ張る。
蓮「この色のチームがゴールにボールを入れたら喜んで。それなら分かるでしょ?」
くるみ「うん!絶対分かる!」
蓮「俺もストライカーだから……」
くるみ「ストライカー?」
蓮「シュート決める役ってこと。だから、見てて。」
くるみ「分かった。一杯応援するね。」
くるみが笑うと愛おしそうな瞳でその顔を見つめる蓮。
そこに、サッカー部のジャージを着た鏑木早苗が小走りでやって来る。
早苗「二人ともそろそろ集合。」
颯斗「あぁ、ごめん。行こう、蓮。」
蓮「じゃあ行ってくるね。」
蓮が挨拶をするようにくるみに手を挙げたので、反射的に片手を胸の前で軽く挙げるくるみ。
その瞬間
早苗「たいして可愛くもない女がよく蓮の応援になんか来れるわね。」
と、くるみと翠にしか聞こえないぐらの声で呟く早苗。
翠「何その言い方!」
すぐさま早苗に食ってかかる翠。
くるみ「み、翠ちゃん!!」
慌てて翠の前腕を掴むくるみ。
二人を睨みつけてから蓮と颯斗を追いかけていく早苗。
翠「だって言われっぱなしなんて許せない!」
くるみ「……翠ちゃんが怒ってくれるのは嬉しいけど、鏑木さんの言うことも間違ってないから。たいして可愛くないのってのね。」
翠に力なく笑ってみせるくるみ。
翠「そんなことないよ、くるみちゃん、可愛いよ!」
くるみ「……。」
翠「絶対にあんな人の言葉、気にしたらダメ!今日は一杯応援しよう!だって、高柳くんがくるみちゃんを誘ってくれたんだよ。」
くるみ「……。」
翠「くるみちゃん!返事!」
翠にばしっと背中を叩かれて背筋が伸びるくるみ。
くるみ「は、はいっ!」
翠「よろしい。」
にっこりと翠が笑いかけてくれて、くるみもようやく笑顔を取り戻す。
それから声をあげて応援をするくるみと翠。試合が始まる頃には、くるみたち以外にも試合と聞きつけて、勝手にやってきた女子生徒が多数、フェンスに並んでいた。
くるみ(本当に高柳くんって人気すごいんだ。)
「蓮くーん。」と黄色い声も飛んでいる。
翠「くるみちゃん!点が入りそう。」
くるみの服の袖を引っ張る翠。
颯斗がパスをしたボールを蓮が受け取り、相手のディフェンスを交わしてシュートする。直様、「きゃー!!」と周りの女子生徒たちから歓喜の声があがる。
くるみも手を叩いて蓮のシュートを喜ぶ。その時、一瞬、蓮と目が合う。喜ぶくるみを見て、口の端に笑みを浮かべる蓮。
くるみ(目が合っちゃった……。)
自分の両手を胸の前で組んで、ぎゅっと握りしめるくるみ。
くるみ(ほんの少しだけ期待してもいいのかな。こんな私でも高柳くんが気にかけてくれているって。)
最終的に2対1で試合は終了し、蓮や颯斗のチームが勝利を収める。
翠「やったね!」
くるみ「やった!」
翠「意外とサッカーの試合、楽しかったなあ。」
くるみ「私も。」
翠「また見に行ってもいいかも。」
くるみ「翠ちゃんが来てくれたら、颯斗くんは喜ぶよ。」
翠「喜ぶって言うか、調子に乗るんだけどねえ。」
ちょっとうんざりした顔の翠。その翠の姿を微笑ましく思うくるみ。
くるみ(ちょっぴり素直じゃない翠ちゃんと、そんな翠ちゃんを大切に思う颯斗くん。なんか二人の関係って素敵だなあ。)
くるみ「ねえ、翠ちゃん、このあと時間ある?」
翠「あるよ。」
くるみ「お昼食べに行かない?翠ちゃんともっと話したい。」
翠「もちろん!私も話したかったの。」
盛り上がっている二人の元に、試合を終えた颯斗と蓮が再びやって来る。他の女子生徒が「蓮くんお疲れ様!」と声をかけるのに、蓮は礼儀正しく会釈をする。
颯斗「翠見てた?俺のスーパープレイ。」
翠「スーパープレイ?」
颯斗「分かんないのかよ!蓮がシュートを決められたのは俺のお陰だからな。」
翠「はいはい。」
蓮「田原さん、俺がシュートを決められたのは、本当に颯斗のお陰だよ。」
蓮の言葉に颯斗が大袈裟に「ほら、俺ってすごい」と言いたげに、腰に手を当てて胸をそらすから、翠とくるみは一緒になって笑ってしまった。
蓮「手塚さん、今日は来てくれてありがとうね。」
くるみの方を向いてお礼を言う蓮。
くるみ「こちらこそ。初めてちゃんとサッカーの試合を見たけど、すごく楽しかった。」
蓮「それなら良かった。」
胸を撫で下ろして安心する蓮。
蓮「もし良かったら、また見に来てよ。次は先輩たちの引退試合になるから、公式戦なんだ。」
くるみ「大きい試合ってこと?」
蓮「そう。手塚さんが来てくれたら頑張れるから。」
くるみ(高柳くんからそんなお言葉をいただけるなんて!!)
くるみ「……高柳くんの今日のシュート、ちゃんと見てたよ。」
蓮「そっか。」
お互いに顔を見合わせて頬を染める二人。そんな二人をニヤニヤしながら見ている翠と颯斗。
そんな時、「集合ー!」とグラウンドで声が上がる。
蓮「ミーティングが始まるから行かなきゃ。」
颯斗「二人は?これからどうするの?」
翠「くるみちゃんとランチに行くの。」
蓮「楽しんできてね。」
颯斗「今度は俺らも混ぜろよ。」
そう言って走り去って行く二人。後ろ姿を見届けた後で、翠が口を開く。
翠「くるみちゃんと高柳くん、良い感じじゃん。」
くるみ「そ、そうかな?」
翠「今日の二人、私の好きな漫画、キミにゾッコンラブの72話の二人みたいだったー。」
くるみ「えっ!?もしかして翠ちゃんもキミにゾッコンラブのファン!?」
翠「めちゃくちゃ好きだよ!くるみちゃんも?」
くるみ「私も大好きなの!太郎と花美のやりとりにいつもキュンキュンしてる。」
翠「私も!いいよね、キミにゾッコンラブ。」
漫画の話ですっかり盛り上がる二人。
○駅前のオムライス店・お昼時
客で8割近くの席が埋まっている店内。店内の一番奥のテーブル席に向かい合って座るくるみと翠。運ばれてきたケチャップソースのオムライスに舌鼓を打つ。
くるみ「美味しいね。」
翠「美味しい。私、ここのオムライス大好きなの。」
くるみ「私も。お母さんともつい食べにきちゃう。」
翠「くるみちゃんも?なんか嬉しい。キミにゾッコンラブのことといい、くるみちゃんとはすごく気が合うことが。」
くるみ「翠ちゃん……そんなこと言ってくれるなんて、嬉しすぎて泣いちゃうよ。」
冗談で泣き真似をするくるみに、あははと笑ってくれる翠。
翠「くるみちゃんが高柳くんと付き合ったら、ダブルデートとかできるのになあ。」
くるみ「翠ちゃん、話が飛びすぎだよ!!」
胸の前で両掌をぶんぶんと振るくるみ。
翠「そうかな?高柳くんは絶対にくるみちゃんのことが好きなのに。」
くるみ「そ、そんなことないよ!今日もあんなにたくさんのファンの子がいたんだよ。今は隣の席だから良くしてくれてるんだと思う。」
翠「うーん、まあ進展したらまた教えてね。私はいつでもダブルデート大歓迎だから。」
そう言って、幸せそうな顔でオムライスを頬張る翠。
くるみ「そういう翠ちゃんは?」
翠「私?」
くるみ「颯斗くんのこと聞きたいなあって思って、今日誘ったの。」
翠「ええー……自分のことを話すのってちょっと苦手なんだ。照れくさいっていうか。」
いつもの凛とした翠とは正反対でおろおろする。
翠「でも、くるみちゃんにならいいかな。」
くるみ「わーい。」
翠「颯斗はね、前にも少し話したけど幼馴染みなの。生まれた時から隣の家同士で、小さい頃は一緒にお風呂も入っていたし、お昼寝もしていた。小学生の頃は友達も交えて遊んでいたけど、中学2年生ぐらいから、颯斗が急によそよそしくなったの。」
○翠の回想
中学生の翠「颯斗!」
思い切りドアを開けて、颯斗の自室に乗り込んでくる翠。
中学生の颯斗「なんだよ。急に入って来るなよ。」
ベッドで横になって漫画を読んでいたが、漫画本を置いて、慌てて起き上がる颯斗。
中学生の翠「颯斗ママにお邪魔しますって言ったもん。」
そう言いながらベッドに上がってくる翠。
中学生の颯斗「俺には何も言ってないだろ。てか、ベッドに上がってくんなって。」
中学生の翠「なんで?前はそんなこと言わなかったじゃん。」
ベッドに転がる漫画本を手に取る翠。
中学生の翠「これ、最新刊じゃん。ラッキー。」
ベッドにうつ伏せになり、漫画を読み始める翠。
中学生の颯斗「ふざけんなよ。」
そう呟いて部屋を出ていってしまう颯斗。一人残された翠。
漫画を読んでいたが、次第に瞳から涙をこぼしてしまう。
中学生の翠「バカ、颯斗。私はただ、昔みたいに傍にいたいだけなのに。」
漫画本に涙がぽつんと落ちる。
漫画本を閉じて、颯斗の机に置かれた英語のノートを広げ、[ばーか!]と書き記して部屋を出て行く翠。
夕飯と入浴を終えて部屋に戻って来る颯斗。
中学生の颯斗(あいつ、いつ帰ったんだろ。)
溜息をついて、ベッドに腰掛ける。
中学生の颯斗(人の気も知らないで。好き勝手なことしやがって。)
漫画本を手に取り広げる。パラパラと読み進めていくが、途中で手が止まる。
中学生の颯斗(これ……)
一箇所、微かに濡れたページがあることに気付く颯斗。視線をあげて、机に広げられたノートに気付く。
机に近寄る颯斗。[ばーか!]と記されたノートの文字。
中学生の颯斗「どっちがバカだよ。」
中学生の颯斗(この関係が壊れたらどうなるかって思っていたけど……そんなのもう知ったこっちゃない。)
自分の家を飛び出し、翠の家に駆け込む颯斗。そんな颯斗を出迎えてくれる翠の母。
中学生の颯斗「おばさん、すみません。翠に会いに来ました。」
翠の母「翠なら部屋だけど……」
中学生の颯斗「俺、まだ中学生ですけど、翠のことは一生守るつもりなんで。この気持ちはガキの頃から変わりません。お邪魔します。」
家に上がる颯斗。翠の母は「頼もしいわね。」と受け止めて、颯斗を見送ってくれる。
翠がしたように、翠の部屋のドアを思い切り開ける颯斗。
すぐに大型のクマのぬいぐるみが飛んできて、颯斗の顔に直撃する。
中学生の颯斗「いたっ!!」
中学生の翠「何しにきたの!?帰って!!」
目が泣き腫らして真っ赤になっている翠。ベッドの上で三角座りをしている。
中学生の颯斗「翠に会いにきたんだけど。」
中学生の翠「嘘!!」
中学生の颯斗「なにがだよ。」
と、言いながら翠の横に腰を下ろす。
中学生の翠「颯斗なんて嫌い。」
中学生の颯斗「……本当に?」
中学生の翠「だって……颯斗が私のこと嫌いだから。」
中学生の颯斗「俺が嫌いってなんだよ!?」
中学生の翠「最近、ずっとよそよそしいじゃん!私が来たら出て行けとか言うし。私のこと嫌いになったとしか思えない。」
また泣いてしまう翠。そんな翠の腕を掴み自分の方に抱き寄せる颯斗。
中学生の翠「颯斗?」
中学生の颯斗「当たり前だろ!!好きな女が自分の部屋にやって来て、平気な男なんているわけないだろ。ましてや、ベッドにまで上がってきやがって。」
中学生の翠「好きな女?」
涙で濡れた顔で颯斗を見る翠。
中学生の颯斗「俺はずっと翠のことしか見てないけど。」
中学生の翠「えっ……でも、颯斗は私の幼馴染みで……」
中学生の颯斗「翠がずっと幼馴染みでいたいって言うならそれでいいけど。その代わりいつか俺が翠の前から消えて、他の子と付き合っても文句言うなよ。」
中学生の翠「ダメ!絶対ダメ!颯斗は私のものだもん!」
颯斗にぎゅーっとしがみつく翠。
中学生の颯斗「じゃあ付き合って。幼馴染みとしてじゃなくて、彼氏彼女として。」
中学生の翠「颯斗って私のこと好きなの?」
中学生の颯斗「そうだよ。悪いかよ?」
中学生の翠「全然。ふふっ、そうなんだ。颯斗って私のこと好きなんだ。ふふふっ……」
颯斗の腕の中で幸せそうに笑う翠。
○翠の回想終了
くるみ「それで今があるの?胸キュンだねえ!」
翠「そ、そうかな?」
穴があったら入りたいぐらい恥ずかしがっている翠。
くるみ「翠ちゃんは颯斗くんの言葉で好きって気付いたってこと?」
翠「うん、そうだと思う。私ね、他の男の子なら誰が誰とと付き合っても気にならないけど、颯斗だけは絶対に嫌だって思ったの。それって好きってことだよねって。」
そう言ってから、翠は掌をパチンと叩いて「この話は終了!」と言い放った。
翠「ねえ、デザートにアイスクリーム頼まない?色々な種類があるみたい。」
くるみ「頼む!頼む!」
メニューを覗き込んで、どれにするかで盛り上がる二人。
○くるみの自宅・自室(試合の日の夜)
机に向かって数学の課題をしているくるみ。スマホが鳴る。
くるみ「はーい。」
返事をしながらスマホを開けるくるみ。
くるみ(高柳くん!?)
蓮(ライチ)「今日は来てくれてありがとう!日差しも強かったし、疲れとか出てない?ゆっくり休んでね。」
スマホを握りしめて、メッセージを何度も読み返すくるみ。
くるみ(優しいなあ、高柳くん。神様だよ、本当。)
くるみ(ライチ)「今日はお疲れ様!試合勝って良かったね。高柳くんもゆっくり休んでね。」
すぐに蓮からのメッセージが来る
蓮(ライチ)「ありがとう。実は昼からももう一試合して、さすがに疲れたから、今日はもうベッドでごろごろしてる笑」
くるみ(ライチ)「もう一試合あったんだ。」
送信しようとして手が止まるくるみ。
くるみ「何を返せばいい?質問って前に先生は言っていたけど、絶対に疲れてるよね。」
くるみ(ライチ)「もう一試合あったんだ。結果どうだった?また明日、学校で教えて!」
くるみ(これなら質問しつつ、でも返事は明日でもいいよってなるかな……。)
蓮(ライチ)「了解!明日、また話そうね。」
ころころわんわんのスタンプ付きの蓮のメッセージ。くるみも同じようにスタンプで返事をする。
くるみ(多分、間違ってないよね?)
スマホを机に置いて、課題の続きをするくるみ。
くるみ(明日、九条先生に話すことがたくさんできちゃった。)