バツイチナースですが、私を嫌っていた救急医がなぜか溺愛してきます
「それに」
まだあるのかと思って洸太郎を見たら、眉を寄せて難しい顔をしている。
「俺には恋人がいた。だが古泉製薬を吸収合併するために君との結婚が決まってしまった」
気の毒だと思うが、香耶にはどうすることもできない。
「私は君を妻と認めないし、妻して扱うつもりはない」
香耶を見る洸太郎の視線はじっとりとして湿度が高い。
妻にする気はないと言いながら、言葉と視線は裏腹に思えて香耶の背筋に悪寒が走った。
香耶の怯えた表情を見て、洸太郎は満足そうにしている。
自分と恋人を不幸にした香耶が、夫に拒否されて絶望するのを見たかったのだろう。
言いたいことをすべて吐き出したのか、洸太郎はさっさと離れを出ていった。
それから数分経ったのか、小一時間過ぎたかのかもわからない。
家政婦らしい女性が「お夕食です」と言って、ベッドサイドのテーブルにトレーに乗せたふたり分の食事を置いていく。
香耶がじっとトレーを見つめていたら、弱々しい声が聞こえた。
「ご、めん、なさいね……」
恵子の声だとわかるまでに、数秒かかってしまった。
「あ、こちらこそすみません。ぼんやりしてしまって」
恵子の意識はハッキリしているし、たどたどしくても会話はできるようだ。
香耶は深呼吸して気持ちを切り替えた。
今大事なのは、目の前の恵子が心地よく毎日を過ごすことだ。
「すぐに準備しますね。お食事にしましょう」
そう言って微笑むと、恵子の麻痺した顔の半分が笑顔になった。
よく見たら、トレーの食事はとても恵子の状態で食べられるものではない。普通食だったのだ。
香耶はつぶしたり刻んだりしなければと、気を取り直してトレーを持つとキッチンに向かった。
(自分はお金で雇われた看護師だ)
洸太郎との関係を、そう割り切った瞬間だった。