氷と花


「……きっと、あなたにはわたしが、ひどくみじめに見えるでしょうね」

 下を向いて、ポツリとそうこぼしたマージュに、ディクソンは否定も肯定もしなかった。しばらくの思案するような沈黙の後、ディクソンは静かに言った。

「若旦那様は、きっとあなたを大切にしてくださいますよ」

 マージュはゆっくりと顔を上げた。
 いくつか質問が湧き上がってきて、なにから聞くべきなのか迷ってしまうほどだった。ディクソンは辛抱強くマージュの続きを待って直立している。
 マージュは(たず)ねた。

「先代のポール様が亡くなったのに、あなたは彼を『若旦那』と呼ぶのね?」
「ええ。長年の習慣を変えるのには、わたしは歳をとりすぎてしまっているのですよ……ネイサン様も、好きにしろとおっしゃってくださいましたので」
「そう……」

 初めて、ネイサンについてなにか人間的な意見を聞いたような気がして、マージュの心がほんの少し軽くなった。
 年老いた執事が昔からの呼び方を続けるのを、好きにしていいと許可するネイサン・ウェンストン。とりあえず彼は、血も涙もない伝票を持った悪魔ではないらしかった。

 それはそうだろう……彼は、マージュを救ってくれたのだから。

「でも、大切にしてくださるかどうかは疑問だわ……。彼にとってわたしは、突然降って湧いた迷惑以外のなにものでもないでしょうから」

 ディクソンは答えず、じっとマージュの言葉に聞き入っていた。
 彼の優しげな水色の瞳がなにを考えているのかは分からない。ただ、恐れていたような軽蔑や嫌悪を感じることはなかったので、マージュはいくらか救われる思いでいた。

「もちろん、贅沢を言うつもりはないの。ミスター・ウェンストンがこうしてわたしを拾ってくださらなかったら、今頃お金も家もなくさまよっていたかもしれないもの」

 だから。
 だから、たとえ彼が冷たくても、マージュにそれを非難する資格はない。

 これは愛のない結婚になるのだ……。マージュは世間の冷たい視線を逃れ、無一文になる危機を救われ、夫という社会的庇護を手に入れる。

 ネイサンは……ただ、父親の遺言に従うことで、良心の呵責に悩まされずに安眠できる権利を手に入れるのだろうか。

「愚痴を言ってごめんなさい、ディクソン、もう下がっていいわ」

 これ以上、他人の視線に耐えられる気がしなかった。たとえそれが優しさを含んだディクソンの瞳でも。ひとりの世界に逃げ込みたくて、マージュは窓辺に移り、そこから見渡せる灰色の景色に集中するふりをした。

 ディクソンは頭を下げ、なにも言わずに扉を閉めて部屋を出ていった。


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