御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

「ごめんなさい……スマホでゲームをしてるうちに寝ちゃったんですけど、その間にバッテリーが切れてしまって」
「……」

 美果の説明を聞いても、翔に納得する様子はない。それどころか目を細めて美果を見据える瞳の温度が、さらに低下した気がする。

 もしやなんらかのペナルティが課せられるのだろうか、と身構える美果に、翔が一歩ずつ近づいてくる。

 初夏の室内は空調を設定しなければ少し暑いぐらいのはずなのに、翔が一歩近づくごとに空気が一度ずつ低下していく気がする。それぐらい、彼の纏う空気が冷たい。

「何で勝手に他人を入れた?」
「え……?」
「ここは俺の家……俺と美果の場所だ。許可なく他人を入れるな」

 俺と美果の場所、という言葉の意味は、すぐにはわからなかった。翔の家なのは間違いがないが、ここは美果の住む家ではない。勤務場所、という意味だろうかと考えるかたわらで、翔を説得するための言葉も探す。

 翔は萌子を他人だと言うが、萌子は翔を『婚約者』だと言っていた。もちろん本人が勝手にそう言っているだけの可能性も考えたが、萌子はこの家の合鍵を持っていて、それを翔の母親である美雪から預かったと言っていた。

 つまり萌子は、天ケ瀬家公認の『本物の』婚約者ということだ。ならばいち家政婦である美果には萌子の行動を止める理由も方法もない。翔に命令されても、責められても、美果だって困る。

< 147 / 329 >

この作品をシェア

pagetop