御曹司さま、これは溺愛契約ですか?
「でも萌子さん、翔さんの婚約者なんでしょう?」
「そんなわけないだろ!」
困惑しながら訊ねると、それを聞いた翔が突然声を荒げた。大きな声にびくっと身体が跳ねるが、美果の反応を見ても翔の怒りは消えなかった。
「俺がいつ、婚約者がいるなんて言った?」
翔が数歩の距離をあっという間に詰めて、美果の両肩を両手で掴む。いつになく必死な表情の翔から『婚約者』という言葉が出るとなぜか泣きたい気持ちになったが、彼が口にしたのは萌子が『婚約者ではない』という主張だ。
「美果に黙って他の女に会ったことなんて一度もない。俺がそんな不誠実なことしてると、本気で思ってんのか?」
「翔さん、ちょっと落ち着いて……」
「俺は落ち着いてる。冷静に説明してるだろ!」
いや、まったく落ち着いていない。全然冷静じゃない。
黙ってもなにも、翔が美果にプライベートのことを報告する必要はない。不誠実もなにも、美果は翔の恋人ではない。
雇い主が被雇用者に婚約者がいることを申告するルールなんて設けていないのだから、翔が必死に弁明する理由はない。そんなに焦って美果を説得しようとしなくても、別に後から事情を聞いても、仮に結婚したと事後報告を受けても、美果に翔を責めることはできない。
美果がどう感じるかは、別の問題だとしても。
「萌子さん、この家の鍵を持っててご自身で入ってきたんです。私が招き入れたわけじゃありません」