御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 そんな翔が、ふと笑顔を浮かべる。ただし笑っているはずなのに和やかな空気には変わらない。細く長い指先でテーブルの端をトントンと叩きながら、凍りついて固まっている梨果の体温をさらに奪おうとする。

「返済に目途が立たないようでしたら、別の方に相談しましょうか」
「べ……別の、方?」
「ええ、貴方の恋人である横村(よこむら)(さとる)さん、商社にお勤めなんですね。天ケ瀬とも取引のある会社の営業さんなので、存じ上げておりますよ」

 翔の宣言に、梨果が目をまん丸にして後ろへ身を引く。その表情にはただ驚いただけではなく恐怖の感情も含まれていたが、それを見た翔が手を緩めるはずもなく。

「連帯保証人ではないので横村さんに支払いの義務はありません。美果も彼には返済を要求できません。ですがあなたにこの状況を理解していただけないのなら、恋人である彼から説得して頂くよう『お願い』することは出来ます。そのときは彼に()()()をお話しすることになりますけどね」

 笑顔の翔が冷ややかに語る姿と含みのある言い方に、ついに梨果が震えながら俯く。美果は彼女がそれほど強い拒否反応を示す理由を理解できなかったが、次の翔の言葉でようやく合点がいった。

「スター&ムーン生命の副社長、私の友人なんですよね」
「……!!」

 翔の説明を強制的に断ち切るように、梨果が突然ガバッと立ち上がる。そうして少し高い位置から二人を見下ろす梨果だったが、表情は青ざめ、明らかに怯えの感情が含まれていた。

「わ、わかりました……必ず返済します……。だから、聡には……!」

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