御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 梨果の様子を見た美果も、不思議とすべてを察してしまう。わかりたくなかったことを悟ってしまう。

 いや、本当は以前からなんとなく気づいていた。

 自分が翔の愛人に成り代わると言い出したときから、いくらなんでもそれは今の恋人に対して失礼なのではないかと思っていた。梨果の身を包むブランド品を好きに買い与えてくれるという男性の献身に、もっと感謝すべきではないかと他人事ながらに思っていた。

 梨果には恋人がいても愛人を作ることに一切の罪悪感がない。その理由はそう――彼女は本命である恋人の他に、数人の『お財布』がいるのだ。

 のちに翔に確認したところ、くだんの社長はすでに中年を越えた年齢で、梨果が関係を持っているのは本人ではなく彼の息子とのことだった。息子はまだ未婚なので梨果は不貞をしていたわけではないが、いずれにせよ本命の恋人に知られては困る行動をしていたのは事実だ。

「美果、ごめんね……お金は今月末までに必ず用意するから……」

 焦った梨果が急に態度を翻して美果に謝罪を述べてくる。その表情は演技とも本心ともつかないものだったが、美果はもう梨果に対する同情の気持ちすら湧き起こらなかった。

 それどころか、彼女とこれ以上の繋がりを持つことすら嫌だと思ってしまった。そう、返済のために今後も関係が続くことを不快だと感じてしまうほどに。

「……返さなくていい」
「え……?」
「お姉ちゃんが他の人から借りて私にお金を返すなら、なんの意味もないの。そんなことをされても私は嬉しくない」

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