御曹司さま、これは溺愛契約ですか?

 姉に対する同情の気持ちが消え失せた美果の声は、自分でも非情だと思うほど冷ややかだった。

 そんな自分の心の変化にまた一瞬戸惑うけれど、おそるおそる視線を上げて見つめ合った翔は、すぐにしっかりと頷いてくれた。

 美果が思うようにしていい、美果の意思を尊重する――視線でそう伝えてくれる翔に、ほっと安堵する。

 だから美果は切り捨てる決意をする。最愛の人が、美果の決断の先にはなんの憂いもない、と背中を支えてくれるから。

「お金は返さなくていいから、今後一切、私と翔さんに近付かないで。もう二度と関わらないって約束して」
「……」

 強い口調で懇願する美果の台詞に、梨果がじっと黙り込む。悲しみとも悔しさとも判断できない表情で俯く彼女を、美果もじっと見上げる。

 だがいくら黙っても相手の出方を待っても同じ。美果の意思はもう変わらない――と強い感情を込めたまま、互いに見つめ合って沈黙する。

「美果はこう言ってますが、やはり返済して頂けないのは困るんですよね」

 二人の沈黙の間にいた翔が、ふとこれまでとは打って変わった和やかな声を発する。その言葉に同時にハッと顔をあげると、翔が美果にだけにこりと微笑んだ。

 そんな、私どうしたら……と力なく呟く梨果に、翔が穏やかな声で思わぬ提案を告げる。

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